特集:童話 Folio vol.3
イラスト:とま
絵本、しあわせのメガネ ヤマグチ
2 / 3

 しあわせのメガネはだれかの目をよくしてくれます。
 だから、目がよくなったひとはしあわせのメガネをほかのだれかに渡します。
 それが、ずっとつづきます。つかわれてはすてられる、かわいそうなメガネです。
 ふしあわせなメガネです。
 けれども、しあわせのメガネはいじけません。
 目がよくなった人の笑顔は、なによりもしあわせのメガネを元気にしてくれます。



 香織さんと桜井さんの仲は良くないようでした。思春期とか反抗期とか、そういうことではなく、香織さんは桜井さんを嫌っているようでした。香織さんは、人に頼まれた絵を描くのもあまり好きそうではありません。ただ自分の好きな絵だけ描いていたいと、香織さんはよく呟きます。
 香織さんの絵は、本当にとても上手でした。部屋には県のコンクールで最優秀賞を取ったという賞状が飾ってありました。それも、たくさん。毎年毎年、香織さんはその賞を貰っているようです。
 香織さんは何度か「天才少女」としてテレビや雑誌にも取り上げられています。お金を出して香織さんの絵を買いたいと言ってくる人までいるそうです。将来有望、日本を代表する画家になるだろうと言われています。
「でも」
 香織さんはわたしに向かって言いました。こんなにかわいらしい子なのに、香織さんには友達がいないようでした。だから、香織さんはわたしに話し掛けるのです。けれども、香織さんはわたしをメガネとして使おうとはしませんでした。わたしはそれがとても残念でなりません。
「私は有名な画家になんてなりたくないの。できれば絵本作家になりたいわ。そのときのために、ペンネームももう考えているのよ」
 香織さんは、紙に「桜井美奈子」と書きました。それから、ふふふと嬉しそうに笑いました。わたしは、それは素敵なことだと思いました。きっとそれを聞いたら桜井さんも喜ぶだろうと思っていたら、そんなことを言うと、桜井さんには叱られるのだと言います。画家になれと言うそうです。
「でも、私は絵本作家になるの。そのときには、この話をまず描くわ」
 香織さんは、大学ノートを取り出して、わたしに見せました。『しあわせのメガネ』という題のお話がそこには載っていました。それは、香織さんの願望でもあるように思えました。
 香織さんは、幼い頃から絵の英才教育を受けているそうでした。友達を作る暇もないほどに絵の勉強をしてきたそうです。もともと天才の香織さんですから、これでは鬼に金棒です。周りの人はみな、香織さんは順調に画家の道に進むと思っていました。
 特に桜井さんは香織さんを画家にすることに熱心なようでした。その話をするとき、香織さんは決まって辛そうな顔をします。
「お母さんは、自分ができなかったことを私に押し付けているだけなのよ。だから、プロの画家になれなくても諦めないで、今でも絵の世界の端っこに生きているでしょう? 私のためじゃなくて、自分のためなのよ、全部」
 香織さんは絵は大好きだけれども、有名な画家になんてなりたくないと言います。好きなときに好きな絵を描けれるだけで満足なのだと言います。香織さんは、本当に絵が好きなようでした。
「お母さんは、私じゃなくて、私の絵が好きなんだわ。だから、私もお母さんが嫌いよ」
 わたしは、それは嘘だと思いました。
 香織さんはまた、桜井美奈子として、絵本作家になりたいとわたしに言うのです。



 しあわせのメガネは、ある日、ある女の子のところへとどけられました。
 女の子は、とても目がわるいようでした。
 しあわせのメガネは、女の子の目をよくするようにがんばりました。
 けれども、しあわせのメガネは、じぶんがとても疲れていることをしっていました。
 しあわせのメガネはこまりました。
 女の子の目をよくするまえに、ひょっとしたらじぶんがこわれてしまうかもしれないのです。



 香織さんが発病したのは、小学校五年生のときだったそうです。先天性の眼病です。治療法はなく、数年以内に香織さんは色を失うと宣言されました。
 病状は進んでいきました。色々な眼科に通いましたが、香織さんの病気は一向に治りません。絵を描く人にとって、色を失うというのは、とてつもなく辛いことです。
 けっきょく、病気を治すことはできず、香織さんの目は今も色を失いつつあります。画家への道は閉ざされたと言えるかもしれません。
 香織さんは、ショックを受けたそうです。それ以上に、桜井さんはショックを受けたようです。今でも色んなお医者さんに話をきき、何とか香織さんの目を治そうと努力しているそうです。
「私じゃなくて、私の絵のためにね」
 香織さんはそう言います。香織さんはやっぱりわたしをメガネとして使わずに、話相手として見ています。だから、わたしは「しあわせのメガネ」ではありません。ただのメガネです。わたしには香織さんの目を治すことはできないのです。
 香織さんが書いた『しあわせのメガネ』というお話は、香織さん自身の願いが込められているのだと思います。将来、もしも香織さんの目が完治したならば、あのお話に絵をつけて、本にしたいのだと香織さんは言います。
 将来この本ができあがることになれば、香織さんは「桜井美奈子」として絵本作家になっていることでしょう。目も良くなっているに違いありません。
「でも、ダメね」
 そうです、それは全て願望にすぎないのです。わたしは何も言えません。わたしには言いたいことはたくさんありました。けれども、香織さんは変わらずにわたしに向かって話続けるのです。
「私は、絵が好きなの。本当に好きなの。絵が描けなくなるなんて耐えられない!」
 香織さんは大声で嘆きます。涙を零す目には、やっぱり正しい色は映っていないのでしょう。
「お母さんだって、私が絵を描けなくなったら、きっと私を見捨てるわ! 絵が描けなくなったら、私はもうどうしていいのか分からない! 私には絵が全てなのに!」
 香織さんは言います。桜井さんにも香織さんはそのように言うのです。桜井さんはそのたびに、
「大丈夫、香織の目はきっと治るわ」
 と答えます。そんなとき、香織さんはますます落ち込んでしまいます。「絵が描けなくなっても、香織を見捨てたりはしない」と、香織さんはそう言ってもらいたいのです。
 しかし、香織さんの病状は進んでいきます。
「絵が描けなくなったら、死んでしまいたい」
 香織さんはよく、そんなことを言うようになりました。


 しあわせのメガネは、女の子の目をよくすることはできませんでした。
 じぶんがこわれてしまうまで、がんばってみようとしあわせのメガネはおもっていました。
 けれども、女の子は、そんなしあわせのメガネにいいました。
 目はわるいままでいいから、しあわせのメガネとずっといっしょにいたい。
 やがて、女の子の目はみえなくなりました。
 けれども、女の子はずっとしあわせでした。とてもしあわせでした。
 だって、しあわせのメガネがあるのです。
 しあわせのメガネも、しあわせでした。たぶん、うまれてはじめてしあわせでした。
 しあわせのメガネは、はじめてじぶんが「しあわせなメガネ」なのだとおもいました。

終わり