vol.4

大統領の英断

大統領の英断


オカヤマ

 合衆国大統領ロバート・ウィリアムスの不満は長年培われてきたものである。彼が大統領になる前から、彼が上院議員になる前から、いや、彼が自身をアメリカ国民であると意識したときから、その不満は絶えず静かに堆積してきたものである。そしていまもってなお不満の原因は除かれることがない。むしろ悪化の一途を辿っている。
「アメリカ人は洗練されていない」
「アメリカ社会は文化をドルでしか評価できない」
  彼のみならず、アメリカ国民はずっとこの手の嘲弄に耐えてきた。アメリカの顔色を窺ってびくびくと生きている連中が、陰でこそこそ文化という曖昧な物差しでアメリカを貶める。何の権力も持たない自称知識人たちが、勝利と実利を求めるアメリカの向上心さえも「野暮」だの「えげつない」だのと冷笑し、「しょせんアメリカ人だ」と憎まれ口を利く。
  この手の言い種は妬み嫉みの裏返し、実力で太刀打ちできない負け犬どもの捨て台詞だと大統領は理解している。世界中の街にマクドナルドの支店があり、世界中の人間がマイクロソフト社のOSを使用し、世界中の映画館でハリウッド製のフィルムが回っている。それは厳然たる事実だ。なのになぜアメリカ合衆国が二流文化国といわれねばならないのか。
  元来ロバート・ウィリアムスは生まれついての強情者、適度なところで痛み分けなどという処世術に我慢ができない。とりわけ相手が格下の者であれば、なぜ強者が膝を屈する必要があるのだ、と居丈高にならずにはいられない性格の持ち主だったから、アメリカが被る「いわれのない」批判に人並み以上に立腹していたのである。
  しかしポストが人を育てるとはよくいったもので、年齢を重ね、責任ある地位に就くにつれ、ロバート・ウィリアムスは生来の癇癪を良く抑えるようになってきた。アメリカ合衆国は軍事的に、経済的に、そして政治的に世界第一の影響力を持っているのだから、そのような当て擦りに耳を貸す必要はないのだ。しょせん文化など実行力のないもの、言いたい奴には言わせておけばいい。そう彼は自分を納得させ、不当なアメリカ評を黙殺し、表面上は物わかりの良い男を演じてきた。そしてついに昨年、合衆国大統領にまで登り詰めたのである。
  だが――。
  今年十四歳になった次男のジョージが肥満矯正プログラムの合宿に出掛けた日のことである。父親としての監督責任と、そしてわずかながらの好奇心から、ロバート・ウィリアムスは息子のパソコンを起動させ、そのフォルダの中身に心底肝を潰したのである。
  アニメキャラクターのヌード。それも彼の見知ったものではない。明らかに頭身の狂ったグロテスクな女たちが股を開き、性器を露出している。そのシチュエーションも異常だ。ある者はタコのような無脊椎動物に凌辱され、ある者は研究室のような場所で性器や肛門に器具を挿入され、しかもその表情は快感に火照っているのである。
  わなわなと震える指でマウスをクリックする大統領。片っ端からフォルダを開けていく。異様に乳房の発達した女、まだ年端もゆかない幼女と見られる裸体、有り得ないほど肛門を拡張された空色の髪の女。豊満な乳房を有しながら、しかし屹立する男性器から精液らしきものを迸らせている奇妙な人間。すべてがアニメ風の画像で、実写のヌードピンナップは一枚としてなかった。
  血の気が引いた。これがプレイボーイのヌードグラビアだったなら大統領は小さく笑い、そっとマットレスの奥に雑誌を戻していただろう。だがこれはあまりにもひどすぎる。看過できない。
  息子ジョージのパソコンを操作し、ブックマークを辿ってみる。ヤフーだのグーグルだのに興味はない。
“Japanese Hentai”
  トップページにそう表記されているものがやたらと多かった。
  日本のヘンタイ? ヘンタイとは何のことだろうか。タイペイとかワンタンとかに語感は似ているから中国語だろうか。だがJapaneseと銘打っているからには日本のものなのだろう。
  少なくとも、これらの――Japanese Hentaiとカテゴライズされる――奇怪な画像が息子のエロチシズムを刺激していることは想像に難くない。彼とて年頃の男子が性欲を覚え、手淫に耽ることを否定するほど頑迷な父親ではないつもりだ。だがこれはあまりといえばあまりのことだ。実に由々しき問題だ。
  日を置かず、大統領は日本語に堪能な外交官を呼び出し、“hentai”とは何かと訊いた。外交官いわく、そもそも日本語は同音異義の言葉が多く、“hentai”という言葉にも「編隊」や「変体」、それに異常性愛やその嗜好者を指す「変態」という意味があり、一概にどれとは言い切れないと答えたが、大統領はすぐに“hentai”が何を指すのか理解した。あの画像を見た以上、自分を偽るわけにはいかない。息子のジョージは異常性愛者のhentaiなのだ。
  無人の執務室で彼は泣いた。クローゼットの引き出しからマリファナを見つけたとしても、ここまで打ちのめされた気分にはならなかっただろう。そして大統領は憎んだ。いびつな性を垂れ流しにし、アメリカ国民を汚染している黄色い猿を。
  何がブシドーだ、何がワビサビだ。小洒落た台詞もそこまでにしておけ。しおらしい顔のその裏で、こっそり異常な性欲を育んできたのはもう解った。おまえらが下劣な生き物であることを責めはしない。だが合衆国の選挙民をたぶらかすというのであれば容赦しない。
  大統領の怒りは頂点に達していた。だが痩せても枯れてもロバート・ウィリアムスは合衆国大統領である。怒りに任せて核ミサイルの発射ボタンを押すような馬鹿ではない。だからといってこのまま放置しておくわけにはいかなかった。父として、大統領として見過ごすわけにはいかないのだ。
  大統領は即刻各方面に指示を出し、専門家を招集し、極秘裏に聴聞会を開いた。参加者に公民の区別はない。ただひとつ、日本文化に造詣の深い者、それだけが条件だった。日本文化の侵略、精神汚染に対抗するにはまず日本の文化を知らねばならない、短気なくせに妙に生真面目な大統領はそう考えたのである。
  政治、経済、学問など各界の有識者が居並ぶ中に、場違いに若い男が一人。その男がいま、甲高い声で弁舌を振るっている。
「――サムライ、ゲイシャ、スモウ、カブキばかりが日本文化ではありません。それらはむしろ古典的な文化で、当の日本人すら馴染みの薄い、ガラスケース越しの文化であるということをまず皆様にご理解いただきたい」
  民間から招聘されたグレッグ・ノートンはどこか誇らしげにそう語る。広告代理店の社員で、一年の半分をトーキョーで過ごしている日本通でもある。だが大統領はこの男の態度物腰にかすかな既視感を覚えている。もちろん初対面のはずなのだが。
「いま現在、日本の生きた文化として世界中に影響を及ぼしているもの、それはオタク・ムーブメントです。とりわけアニメやテレビゲームといった二次元分野において、ジャパニーズ・オタクの影響は甚大です。いや、すでに彼ら無くしてはこのジャンルが成り立たないといっても過言ではありません」
  生理的な嫌悪感を呑み込みつつ大統領はグレッグの言葉を遮った。この若造の声はなぜだか癇に障る。
「さっきから君の言っているotakuとは何かね? つまりマニアみたいなものか?」
「非常に難しい質問です、大統領」
  そしてグレッグ・ノートンは訳知り顔で続ける。オタクもマニアの一種である。だがマニアがひとつないしは特定の趣味に固執するのに対し、オタクは発展性、伸張性に富んだ生き物である。異常なまでに己の嗜好に耽溺する一方で、他のオタクたちと共鳴し新たなターゲットを貪欲に求めていく。
「そこにジャンルの区別はありません。昨日まであるアニメの大ファンだった者が、翌日にはアイドル歌手の熱烈な信奉者になることもあります。だが彼らの中でその二つの愛情は矛盾もしなければ対立もしない。依然アニメも愛し続け、なおかつアイドル歌手をも愛しているのです」
  つまりオタクとは条件ではなく存在なのです、とグレッグは結んだ。
  どうにも要領を得ない話だと大統領は思った。西部劇ファンがやがて拳銃に凝りはじめ、最後には軍事マニアになったりするようなものか。それならマニアもオタクも一緒ではないか。その素朴な疑問をぶつけてみると、グレッグは、だから説明は難しいと申し上げたでしょう、と弁解する。
「現在日本でオタクという言葉は広く普及し、いまやマニアと同じ程度の意味しか持たなくなってきていますが、その場合は戦争オタクや健康オタクというふうな用いられ方をします。しかしひとこと『オタク』と言った場合、それは主にアニメやコミックス、テレビゲームなどの二次元作品をこよなく愛する人々のことを差すのです。もちろん合衆国内で使われるotakuもそれと同じ意味です」
「それなら二次元マニアと言えばいいじゃないか」
  そこが難しいのです――とグレッグは途端に歯切れが悪くなる。その姿を見て、この男はオタク側の人間だと直感した。オタクを単なるマニアとされたくないばかりに、何やらごにゃごにゃと言い連ねているのだ。
  しばらくグレッグは思考を巡らせていた。そして考えがまとまったのか、大統領の表情を読むようにしてゆるゆると語り出す。
「オタクとマニアを分けるキーワード、それは『萌え』の精神です。オタクはモエの精神を刺激するものにはジャンルを問わず反応し、モエに生活を捧げ、モエに殉じるのです」
  あまりにも不審な話だった。
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