Folio vol.5 mystery
illust:甲斐
満場一致
「犯人はあなたです」「え、ワシやってないし」「じゃあお前だ」「なんで私が殺さなきゃいけないのよ」「じゃあキミでいいよ」「俺? 俺でいいの? でもアリバイが……」「アリバイなんて後からどうにでもなるんだよ」

  困って悩んでいた。弱って窮していた。意味がわからない。目の前に絞死体。年の頃三十。首元に何かで絞められたような痣。たってスカーフで絞められたんだろうけど。だってここにスカーフ落ちてるもんね。これみよがしに。それが怪しい。此れ見よがしってのが怪しい。「なんだか演技くさいね」って、金持という嫌味な名前の大学生が呟いた。僕だってそう思う。

  右の側腹部より大量の出血。これだけ血が出たら死んでしまうんじゃないかと思うくらい血が流れていて、実際死んでしまっている。「痛そうね。死ぬくらいに痛いわよこれ」って、葉枯というひどく貧弱な苗字の二十代半ばの女が言った。僕だってそう思う。恐る恐る側腹部を覗いてみると、あちゃあって目を閉じるくらいに傷、深いっぽい。内臓とか出てたらちょっと嫌な気分になるのであんま見ないようにした。

  と、傍らに注射器。シリンジにはまだ注射液が残っている。いかにも毒です。注射したら死にます。牛とかも死にますし。というような毒々しい色をした注射液。「これは一種の毒物だよね。死んで当然。生きて不自然」って、困窮谷という初老の男が胸を張って言った。僕は困窮谷という名前の方が不自然だと思って、さっき名前を聞いたときにその旨を伝えたらひどく不機嫌になったので、友達にならないようにした。

  で、目の前に絞死体。さっき絞死体って言っちゃったけど、お腹から血出てるし、注射器もあるしで、何これ。クイズ? 三択? みたいな感じで、何もこんな真冬の雪に閉ざされたペンションで、そんな親睦も深まってないような人たちと三択クイズなんて合コンの一次会から王様ゲームをするくらいありえないので、各自死亡原因を考えること一時間。もう血の匂いとかすごい臭い。

「もしかして内臓出てんじゃないの? 胃とか破けちゃってさ。中身出てんじゃないの」と物騒なことを言う金持。「だったらさ、えっとさ、ほら、今夜カレー食べたでしょ。胃が破けてるんだったらカレーの匂いとかするんじゃないの? カレーの匂いしないから腸とか破けてるのよ。ウンコ出てるのよきっと」と枯葉。「ウンコで思い出したんだけど、太いウンコを自慢する男ってのは妊娠羨望があるんだってさ。俺だって腹からこんな太いの出せるんだって女に自慢してるんだよ」とやけにインテリぶる金持。「ふむ〜ふむ〜ふむ〜」「いきなりなんだよ」「え? これ流行ってるのではないのか」「流行ってねぇよ。なんだよそれ」「テレビの人気番組じゃないか『カリビアンのほとり』ってやつだよ」「お宅の水曜午後九時はどんな番組放送してんだよ」死体を目の前に意味のない会話。学生に馬鹿にされて憮然とする困窮谷。

「で、どうなの探偵さん」金持がインテリチックな眼鏡から僕を覗きこむ。嫌味な野郎だ。こいつが死ねばよかったのにと思う。お前が死ねって言おうと思ったけど、そんな物騒なことを言ったら僕が疑われてしまうので黙っとくことにした。あ、言い忘れてたけど僕探偵。そしてこの変死体の第一発見者。場所は雪に閉ざされた山荘。もうほんとやだなって思ってたのずっと。だって雪の山荘に探偵だよ。もうこれってミステリーの黄金律ってやつじゃない? だから嫌だったの。おかんが勝手に送ったのね。醤油のラベル三枚で当たる『冬の雪山遭難体験ツアー』ってやつにね。で、こんなツアーに申し込むやつなんていないからすんなり当選しちゃったわけ。で、おかん。「私寒いの嫌いだし遭難なんて言語道断だわ」と至極当然なことを言いながらも折角当たったんだからあんた行きなさいよという利己的な中年魂全開の意見でもって僕が無理矢理参加させられたわけ。

  で、殺人。初めはこれイベント? なんて考えたけど、イベントにしてはできすぎてるし、人形にしては実際生臭い。うきゃぁって叫んで人為的に山荘に閉じ込められた参加者をこうやって集めて、まぁ死体を前になんなんですが自己紹介をしましょうかとやけに暢気な口調で「医師の困窮谷です」腰で履いたジーンズにピンク色の悪趣味なダウンジャケットを羽織った「金持です。大学生です」度の厚い眼鏡に度が過ぎる足の太さ。唯一の女性だが寝込みを襲う気にもなれない「OLの枯葉です」そしてうっかり探偵なんて言ってしまったが為に困ったことになってしまった僕。

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