Folio Vol.10目次など

体験談フィクション

石川

 雨が降っていた。僕は彼女に旅の土産を渡そうと、帳が降りた後雨が降りしきる中、傘もささずインターフォンを鳴らした。僕は彼女にいろんなものを突然贈りに行ったが、ほんとうに渡したいものは目の前の唐突に誘惑されて、知らないうちに雨で錆びたのだと思う。
 彼女の淫らは一見するに分からなかったが、そういうものだと思うし、そうなるものだとも思う。そう、ただそれだけを続け、障子から射す淡い陽光が彼女を陰に隠し、冬の風が繋ごうとした手と手の間を吹き抜けていくうちに、それは空の下美しく光れなかった、どこにでもある綺麗な花であったと、桜と桜の間に知った。
 ぼくは、くみちゃんのたんじょうびかいによばれて、いきました。くみちゃんは、ケーキをたべて、みんながいたので、ぼくはゲームをしていました。ぼくはくみちゃんがすきです。ケーキにちかづいたらあかるくてあつかったのでいたかったです。
 原動機付き自転車は僕の行動範囲内を越え、どこまでも走った。それは一つの崩壊が作る粉塵のようなある勢いであったのか知れない。どこか知らない駅で、控えめに言って醜い女と待ち合わせ、主婦が忙しそうに気だるそうに、波にさらわれるをよしとするように歩く大型スーパーの障害者用トイレで性交する。埃にまみれた蛍光灯は、全て平等に照らし出す。
 大阪の知らない街で、けばけばしい化粧をした女と待ち合わせ、性交する。ネオンとタクシー、それだけ。
 知らない街の女と性交し、その友人と性交する。街の夜を駆け抜けて、男が逃げた部屋を明るく照らし、居るという合図を受ける。
 カーテンがあまり白くならない日、趣味が悪い、と言われ彼女は泣いた。好きな人は誰か、と問われた挙句の、よくある話だが、対象者がどうやら僕だったらしく、僕は自分を指差し、俺?俺?と、間抜けに真顔で左右を見渡す。
 キャラクターグッズが好きな彼女は、それと同時に彼のことも好きで、キャラクターグッズになれなかった僕は、階段で通じない言語で話すかのごとく、そう、キャラが生まれた国の言葉かも知れない、ただ彼女に話した単語数を多くする記録会に臨んでいた。蛍光ペンは、彼女のノートをいつまで光らせただろうか。
 粉塵はどこまでも広がり、視界がぼやけた挙句、ケーキの味も淫らの愛情もインターフォンの鼓動も全て消え去ったかに思えたが、矢張り雨が降りしきる夜、寺とラブホテルで煌く視界を共有し、二人は黙って、ただ黙って、その後の、たとえば雨が止んだ後のこととか、を、ただ黙って考えていた。
 古都に浴衣と蕎麦はよく似合う。続けて言うなら川沿いの串焼き屋に、酔いの火照りと冷静な算段もよく似合う。飲み屋通りの提灯が空気を暖色にし、まだ残る団扇は涼しいと言った彼女の声を残すようだが、旅館の光が深夜の罵倒でふっと消える。その後の言葉は、そう。
 ただ黙ってガードを固めているところに、すっと救いの歌が差し伸べられたら、それは言わずもがなスポットライトの合図なのだが、歌い手は壇上からすぐ居なくなるものである。スポットライトは消え、上手下手もわからないまま、次の台詞、次の公演に向かわなければならない。粉塵は、光が消えるようだ。

 原動機付き自転車で川に出かける趣味も、帰宅とともに郵便受けを確かめる癖も、全ては王子様を待つ町娘の気分なのだが、男という何か欠けた、それは絶対的なものかも知れない、性に生まれた僕は、王子様とは道ならぬ恋に走るしかない。それとも傍使いの小姓になって、王子に忠誠を誓おうか知らん。やはり、男は欠けている。王子様をただ待てない。それだけで、そう思う。ある日の日記に今とは少し違う字で、僕の書いた文があった。彼女と食事に出かける時間だが、天気が曖昧で、どうにもプランが立てられない。たまの休みなので満喫したいのは確かだけれど、彼女は来月イタリアに絵を習いに行く。こんな日は湿ったビリヤード台のように、思うところに玉が転がらないもので、果てさてどうしたものかと考えるけれど、彼女は美しく、きっと僕は彼女がとても好きだ。雨が降りそうになって来た。僕はシャワーを浴び、車のキーを回し、エンジンをかけ発車する。MDからはこんな言葉が聞こえてくる。「10年前の僕らは胸を痛めていとしのエリーなんて聴いてた」。僕は車を走らせる。雨の日ばかり 君に会って、なんて言葉を呟いて、ケーキでも食べに行こうかと考える。車のアクセルを少し強めに踏み、好きな彼女の元へ走る。車を運転できるようになって少しばかり経つ。カーライトは前方を照らし、10光年離れたところに今届く。錆びた匂いがする。 fin

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石川
[comment]健やかさん
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