Folio Vol.10目次など

アリサのカウンター

荒木スミシ

 アリサと会ったのは沖縄の北谷にある「リラックス」というバーだ。
 その隣のホテルに宿をとっていたので、3日連続で通った。
 その3日ともアリサはいた。
 なんとなく仲良くなって話していた。
 とても明るく、ズバズバとエロイ話をして、笑う。
 でも3時くらいになると、店が丁度いい雰囲気にまったりしてきたので、
「どうして毎日ここに来るの?」と訊ねてみた。
「だって私には何もないから」
「?」
「ここのカウンターに座っているといろんな人と話せるでしょう?
何かをやっている人達の言葉はやっぱりそれぞれにすごいの」
「うん」
「私はそれを毎晩ここで聞く。いろんな人がここに来ては去っていき、
でも私は毎晩ここにいる。ここのカウンターが好き」
といって彼女はカウンターに手を滑らせた。
「なんかいいのよ。わかる?」
「うん」
「何もないけど、でも私にはこのカウンターがある」
 そう言って彼女はまたカウンターをぽんぽんと叩く。
 店が混んできた。
 沖縄という場所は「電車がないから」こんな夜遅くからでも客がどっと来たりする。
 アリサはマスターに呼ばれて、ちょっとカウンターの向こう側に移る。
「今日はこっち側」と言って、僕に舌を見せた。
 アリサはあまりにも常連なので、店のお手伝いも兼ねているのだ。

 僕は「カウンター」について思いを馳せた。
 世界中にあるカウンター。
 どこの街にもあるカウンター。

 考え込んでいると、アリサはまた僕の隣にいる。
 アリサは「いったりきたりする」んだ。
 そして僕達はまた誰もいなくなったカウンターでぽつりぽつりと話した。
「それでアリサは将来何になる?」
「え? わらわない?」
「うん」
「えとね・・・可愛いお嫁さん」
 僕は思わず笑った。
「そろそろ行かなくちゃ」
「そう。また来てね。私にいつでもここにいる。
このカウンターで呑んでるから」
 僕が店を出ようとすると、マスターは「外国のエロ本」を3冊持たせてくれた。
「そんなの見ないよー」
「いいってそんなの。ホテルのゴミ箱に捨てとけばいいから」
 ふむ。
 ちゃんと捨てましたさ。
 まー、チラリと見ましたさ。

   *

 今夜もアリサはあのカウンターにいるかな?
「でも私にはカウンターがある」
 そう言った彼女の声が耳元から離れない。 fin

 

●荒木スミシ

1968年、兵庫生まれ。
2000年、幻冬舎より小説『シンプルライフ・シンドローム』出版。
2001年、幻冬舎文庫より小説『グッバイ・チョコレート・ヘヴン』、『チョコレート・ヘヴン・ミント』出版。
2003年、メディアファクトリーより小説『ダンス・ダンス・ダンスRMX―“Typewrite Lesson”』出版。
雑誌「ダ・ヴィンチ」などで「これからブレイクする新人は誰か?」に取り上げられるなど、活躍が期待されるが、2001年以来、長編オリジナル小説は発表していない。

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荒木スミシ
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