くだらな鼎談 ファンタジーは死んだか?


夜、男ども、集う。

秋光
初めましてー。
サイキ
はじめましてー
アドル
はじめまして
サイキ
今回は「ファンタジーは死んだか」という題材で、鼎談というか、座談会というのを考えまして、こうして集まって頂いたのですが、一口に「ファンタジー」といっても、もう話は非常に広がる視野を持っていますし……
秋光
いきなりテーマがでかい。
アドル
デカいですねぇ
アドル
こんなこと僕らが話したら怒られるんじゃないかな。
秋光
確かに。いずれも素人なんですけどね。
サイキ
ファンタジーが好きだった人が今どんなことを思っているのか、という感じでお話してみようかと。どうですか。
秋光
なるほどね。
サイキ
それでは、早速ですが今このテーマを聞いて思ったことを聞かせてください。順番にお聞きします、じゃあ秋光さんから。
秋光
私は、そうですねぇ… 今現在は、「ファンタジーは死にかけである」という意識でいるかな。理由は、後でもおいおい言うけれど、創造力と想像力の欠如という現象による。
サイキ
なるほど、想像力の欠如、ですか。
秋光
創造力も、ね。
アドル
僕は「変形しつつもファンタジーの根元は死んでない」ってところかな。
サイキ
「根元は死んでいない」と。根元っていうのは、どういうことです?
秋光
うん、私も訊きたい。
アドル
とりあえず今回の話の前提として挙げますが、狭義で見るいわゆる「西洋ファンタジー」、つまり剣と魔法と龍とお姫様のお話はいいかげん出尽くしてますが、出尽くしてしまっても、まだ違ったかたちでのこっているっているのかなあと思ったりします。ファンタジーという定義がそもそも一般的には狭すぎるというか。
秋光
定義、ですね。それを考え始めるとなかなかめんどくさいことになりそうだ。西洋だけじゃなくて日本にも古いファンタジーはあったし、それこそファンタジーとSFの違いとか語り始めたらきりが無いんだろうし。
アドル
それは……語れませんねー(笑)
秋光
まあ、とりあえずは、アドルさんの言う「根元」っていうのは歴史と絡んでいるようなので、そこらあたりから攻めてみましょうか。
サイキ
そうしてもらえると嬉しいです。
秋光
どのあたりから行きましょうか……
アドル
日本に普及した辺りから?
秋光
ロードスですか?
サイキ
一口に「歴史」っていっても、神話から指輪物語から色々あるんで……
アドル
ロードス方面と、ドラクエ方面(笑)
秋光
そう言えばドラクエも重要ですよね。しばしばTRPGの人たちは世の中のメインストリームがドラクエスライムであることを忘れがちだし。私、現に今忘れてたし。
アドル
僕も未だに「スライムを剣で殺すのは許せん!」派ですよ(笑)
秋光
それ、ありますよね!>スライム ていうかスライムはそもそもあんなに弱くないってのに! サイコロ振る手にも力が入ってた。
アドル
おりゃメイスの一撃!
秋光
でもメイスとかってクリティカルヒットの判定が!
サイキ
すごい懐かしいんですけど、その話はじめるといつまで経っても終わらなさそうなんで……
秋光
あはは。
アドル
やっぱりドラクエ&鳥山メルヘン絵がでかそうですね。
サイキ
でかいですね。いつのまにかあの絵のせいでメルヘンと近づいているってこと?
アドル
というか、視覚的に固定するパワーがありすぎた。<鳥山絵
サイキ
ファンタジーは絵って重要な要素ですよね? 西洋ファンタジーにしても。日本製のものにしても。
アドル
絵でいえばロードスのアレもそうですね。
秋光
あれですか。出渕ディードですか?
秋光
恐らくは、ドラクエスライムと対局にあったのが、古い西洋ファンタジーなんでしょうか。
サイキ
ドラクエなどは生の生き物っていう部分が抜けているような感じがしません?
アドル
ファンタジーって本来泥臭くて洗練されてなくて黒くて苦くて……というのは僕の偏見かもしれませんが(笑)
アドル
童話の原書などが持ってた黒い部分が多いと思うのですが
秋光
だから荒削りとか、ストレートな感じとかを受けるのですかね、古いファンタジーって。
サイキ
その暗さが、実は物語上重要だったりしますよね。
アドル
それそれ<物語上重要

黒い力と上澄み

秋光
何でしょうね。ファンタジーって、もともとは夢の世界の具現化という形で生まれたのでしょうか。
アドル
夢、そう、夢でもいいんですけど。よくわかんないけどパワーがあるようなそういう感じ… 分かりにくいかなぁ。
秋光
昔のファンタジーは黒かったですよね。昔というか、ライトになる前の話、というところ。
サイキ
はい。
秋光
エルリックとかクトゥルフとかもうどうしようかとか。
アドル
黒い方がパワーがありますしね。何でも。
アドル
中学生が読むもんじゃないですね。<マイクル・ムアコック
サイキ
エルリックは、なんとも悲しい話だった気が。
秋光
悲しい…… どうなんだろう。でも、読んでて身体熱くなった憶えもあるのですよ。
サイキ
いや、主人公が何をどうしても、手に入らない「なにか」を求めてゆくっていうのが悲しいなあ、という気が僕はしました。
アドル
そうそう。ムアコックの系譜と言ったら変ですけど、僕はむしろ、日本では菊池秀行さんや夢枕獏さんの本にファンタジー的な力強さを感じました。
秋光
おお、懐かしい。
秋光
菊池氏はね。魔界都市新宿が大好きでした。
アドル
アレってファンタジーですよね言わば。
秋光
あれはファンタジーにしたいなぁ。
秋光
夜叉姫伝読みふけった。高校生だったもんでエロが刺激的だったけどね。
アドル
モンスターと美形と悪役とボスと超戦闘とレベルアップと姫君。ほら、ファンタジーだ(笑)
秋光
た、確かに(笑)
秋光
ファンタジーの定義が明らかになりつつあるのか、ここで。
アドル
そ、そんなバカな(笑)
サイキ
広義のファンタジーと狭義のファンタジーって分けたら、広義に入るんじゃないかな、あれは。ファンタジーの物語で使われたシステムを魔界という設定に持ち込んだ気が……
アドル
魔界なんてモロファンタジーじゃないですか。
秋光
まあ、古い西洋ファンタジーはどのように変容していったか、というところに目を向けてみると、さっきからアドルさんが言ってる普遍的なテーマに乗っかってる、という感じはします。
サイキ
うん。だから、ファンタジーっていうのは世界設定のことなんじゃないかなと思ったりするんですが。
秋光
古いファンタジーは、ね。
アドル
で、ロードスなんかだと
秋光
余り変わってないと思う。
アドル
うへ
秋光
どんな変わり方します? 古い西洋ファンタジーと、ロードス・ドラクエとの間で。 。
 
アドル
ロードスやドラクエの場合、黒い力を取り払った上澄みだけの「ファンタジー要素」を分かりやすく出したと思うんですよ。
アドル
黒い力ってなんだよ(笑)
秋光
何だろう。
秋光
でも言われてみるとそんな感じもするのが……。ロードスは、それなりに伝統的ファンタジーの系譜を追っていたと思う。でも、コナンやエルリックと比べると、明らかに違う。何だろう?
アドル
それでもロードスはまだ頑張ってた方ですけどね。
アドル
問題は、それをさらに深化させて見せてゆく土壌が日本には出来なかった。コナンやエルリックはロードスの先にあるんですよたぶん。
サイキ
なるほど。先ですか。先っていうのは進化の先っていうこと?
秋光
コナンやエルリックは先にある、かぁ… うーん。私は、根元はやっぱりコナンやエルリックにあると思うなぁ。
アドル
もちろんそうです<根元 ロードスやドラクエは「入り口」。入り口を広げて飾って楽しませたのです。
サイキ
ああ。入り口の先に待っているってことね。
秋光
日本のコピー文化で持ってきた的感覚ともいえますかね。
アドル
言えそうですね
秋光
とりあえず手軽に、という感覚。
サイキ
やっぱり、なんかそういったものに泥臭い雰囲気のものがない、っていうのは、凄くもったいない感じはしますよね。
秋光
安田氏水野氏はきっと伝統的西洋ファンタジーをそれなりに知ってたはずだから、まずは入口、という感覚で、上澄みを持ってきてみた、という感覚なんでしょうか。何か安田氏や水野氏はインタビューかなんかでこのあたりについて語ってたような気がする。全然違ったら失礼極まりないのだけど。
アドル
ちょっと前のグイン・サーガとかベルセルクはその闇を充分に持ってたけど
アドル
まさしく<上澄を持って来た(ドラクエ・ロードス)
秋光
ドラクエも同じことが言えますね。ストーリーは伝統的西洋ファンタジーだけれども、絵柄を筆頭としたコミカルかつ、言い方は悪いけど「手軽」な感覚の上澄みを持ってきた。
サイキ
そうですね。ベルセルクは今でも十分闇があるような気がします。
アドル
今でも充分以上にあります<ベルセルク
アドル
ただ、主流にはなれなかった。
アドル
もしくは、ファンタジーを推し進める上での架け橋にはなれなかった……
秋光
なぜ、ロードスの流れを汲むファンタジーとドラクエがメジャーになって、ベルセルクやグインはメジャーの認識をされていないんでしょうか。
サイキ
うーん……
秋光
ベルセルクもグインも相当売れているのにもかかわらず、です。
サイキ
商品として、そのファンタジーのパッケージが存在してるかどうかなんでしょうか。
アドル
簡単に言うと「分かりやすいか否か」でしょうかね。
秋光
ここに、日本ファンタジーが死んだか否かの手がかりがありそうな気がするのは私だけかな。ひとつ思い当たるところが。
アドル
なんですか?
秋光
うん、それとも関連するかも。>わかりやすさ
秋光
誰だか、「視覚は重要」と前に言ってると思うんですけど、そこが大きいのかも知れない。
アドル
分かりやすいといえば、遊戯王カードポケモンカードが流行っても、マジック・ザ・ギャザリングは流行らないし
サイキ
わかりやすいってことは、物語の根元を薄めてしまうような部分があったりしますから(深みを見ないっことで)。
秋光
ロードスもドラクエも、絵が重要な役割を果たしていることには異論はないですよね。出渕ディードは衝撃でした。2巻のディードはほんとかわいかった……
アドル
異論の余地もないです。 絵といえば、FFはかなり異質でしたけど
アドル
アレも「コンシューマゲームとしてのファンタジー」を発展させるだけのものでした。
秋光
天野氏の絵は、不思議と目と感覚を惹きますよね。
アドル
出渕キャラはホント、ありえないくらい可愛かった。
サイキ
みんな、ディード目当てに買った。
秋光
間違いない(笑)
サイキ
ドワーフ邪魔っていいながら(笑) その可愛さが視覚的な分かり易さなんだよね。
アドル
ドラクエはともかく、FFは「分かりやすくて実は闇を孕み奥深い」という格好の宣伝役だったのに、あくまでも「コンピュータゲームの先へ」だったと思います。
サイキ
なるほど。
秋光
その「視覚」なんですが。恐らくロードスもドラクエも「わかりやすくするため」に絵に力を入れていたと思うんですよ。それに、今までのとは違ったコマーシャルの方法などが付加されて、かなり強調されることとなった。
サイキ
ゲームの進化と物語の進化が連結してなかったのかもしれませんね。
アドル
たぶんしてないですね。
アドル
方法論だけは無駄に突き進んだような気が
秋光
視覚的に、という角度から見ればまさにそうですね。
アドル
絵とコマーシャリズムもそうです<方法論
秋光
今の3Dゲームなんかは典型かと思うのですよ。
サイキ
これって、実は凄く良い視点だと思うんだけど、ファンタジーっていうのは、指輪物語の作者があとがき(前書きだっけ?)で言ってた、エルフの言葉や世界を構築していった結果、指輪物語が作られた、ってことと、リンクしていて、世界観を構築してゆくのと、ゲームの方法論の進化っていうのが重複してたような気がしますね。
秋光
なるほど。
アドル
まず世界ありき、ですね
秋光
すると、日本で広まった現代ファンタジーの場合、それが乖離しているということですか。世界観がそもそも伝統的西洋ファンタジーからの借り物となるかもだからしょうがないかとも思うんですが、そうなりますか?
サイキ
そうそう。なんとなく、ですが。
アドル
日本は「まずキャラクターありき」かな。しかも自分の好きなプリプリな絵で描かれたキャラクター(笑)
秋光
視覚的なキャラと言い換えられますかね。
アドル
スレイヤーズなんて視覚をそのまま文にしてるし(笑)
サイキ
だって、はじめてファンタジー小説を書こうとしたら、まず、地図作ったりするところから、始めるじゃないですか? あと、キャラクター設定とか。どこか、ファンタジーという土台は、そうしたキャラクター性や世界観を構築してゆく心理と酷く近い場所にあるような気がするのです。そうしたことが、可愛さやキャラクター造形にいっちゃうんじゃないかな、と思ったりもします。
アドル
やっぱり「視覚」に相当影響があるようですね
秋光
すると、これはわからないし、もしかしたら外れてるかも知れないけれど、ワイス&ヒックマンやムアコックは世界から物語を作り、ライトなファンタジーの作者たちはキャラクターから物語を作ったのかも知れない。
サイキ
おーー! それは、凄くいい指摘!
アドル
納得できる、かな
秋光
間違いなく神坂氏は後者かと思った(笑)
サイキ
そうか、ハリウッド映画やドラマ的な手法なのかも。<役者がいて、映画があるって形。
アドル
しかもその、先にあった「キャラクター」が映画や3Dの人間じゃない(笑)

重いものと軽いもの

サイキ
神坂氏というのは、やはり一大転機な訳で。ドラゴンマガジン
秋光
視覚的な面を見るならば、いのまたむつみが……
アドル
でもいのまたむつみさんは、実は重厚なファンタジーの描き手だったような気もします。
サイキ
「いのまたむつみ」というか、角川戦略?
秋光
竹河聖はどうなんだろう。
アドル
たぶん角川戦略といのまたむつみさんの魂から離れた「絵だけ」が合致
サイキ
富士見と角川関係近いし。
アドル
六道慧さんも入れましょうか(笑)
秋光
いいね六道氏(笑)
アドル
あそこら辺はまだ、ライトと本格とファンタジー「のようなもの」が混然としていたと思います。
サイキ
そこらへんがなんとなく変化の境界??
アドル
角川というか、日本における担い手(送り手)が目指す方向がね、どんどんライト寄りになっていった感じがありました。
アドル
富士見なんかだと、かなり重めな海外ファンタジーを推してたのに。
秋光
富士見、一時期隆盛を極めましたよね。
サイキ
そのころになると僕はまったく読まなくなったんですね。ファンタジー小説。
秋光
何故でしょうね。
秋光
ってそれを考え始めると長くなるかも。
アドル
夢をなくした大人が嫌い(笑)
秋光
私はまだ竹河氏が出てきた時は現役でした。
アドル
ひかわ、竹河、六道、(そして冴木?)は現役でした僕……なんで女性作家ばっかりなんだろ。
サイキ
みんな、軽いのが好きっていうことなのかなあ? と夢をなくした大人がいう。
秋光
いや、むしろ重いのを知らなかったと言ってよいかと。だって上澄みを汲み取ったところから流れが始まってるんですよ。
サイキ
重いものと軽いものが、はっきり二分してますよね。それを媒介する手段が、手近にない。
秋光
本当は根元であるところの世界観、ひいては世界観を作り上げた重厚な創造力がにじみでるものを見ないまま、入っていったのだから。
アドル
入口が、入口付近で店作って違う商売を始めてしまった
サイキ
なるほど。
秋光
そうですね。それかもしれません。
秋光
伝統的西洋ファンタジーを知っている人はそれを踏まえてライトなファンタジーを読めたけど、それを知らずにライト・ファンタジーに入った人たちは、その別物とも思える入口部分がファンタジーそのものであると思ってしまった。
アドル
違う商売で、しかもお互いを媒介する手段がほとんどないままだから、ライト・ファンタジーから初めて入った人たちは、古い西洋の伝統的ファンタジーをなかなか知ることができなかったと。
サイキ
何かまとまってきたぞ。そして、初めてがライト・ファンタジーからという人たちの方が圧倒的に多かった、ということですか。角川のヒットなどで。
アドル
(お前か角川!(笑))
秋光
(でも映画でこけた(笑))

現状、そして「ファンタジーは死んだ」か?

アドル
でも、こう喋ってても今の日本の現状をほとんど知らないからあまり偉そうなことは言えないですね。特に、最近の傾向は全然知らないし。
アドル
ハリー・ポッターとか指輪とか、映画を含めて日本ではどうなってるんだろうなんて辺り
サイキ
入口からの奥に入ってゆく場所が欲しいですね。
アドル
入口を派手にし過ぎて方法論とかも使いきって、もっと進みたい人を奥に誘導できなかった。
秋光
もしくは、もっと進みたい人はそれほどいなかった。
アドル
一部のマニヤさんが自分の力のみで強引に進んだと。まぁそんな感じですかな。
サイキ
海外モノを紹介するファンタジー雑誌も潰れてしまったし。
秋光
ウォーロックとかね…
アドル
それは、土台が無いと育つわけがないですよ<雑誌
サイキ
そうですね。やはり、土台。
アドル
開墾してもいない土地に海外の植物植えたところで
秋光
土台を根付かせるよりも優先させるものがその時彼ら(=日本現代ファンタジーの先駆者たち)にあったと。そんな感じなんでしょうか。
アドル
かな
サイキ
なるほど。なるほど。
秋光
それはいわゆる「大人の事情」ってやつですか?
アドル
そうかも(笑)
サイキ
だって商業誌ベースだから……(推測ですけど)
秋光
世知辛い……
アドル
でも、最近で大きい出来事は指輪の映画化で、あれが出てきたことで伝統的ファンタジーへの道が開けたんじゃないかと
サイキ
ヒットしましたね。
秋光
あれでかえって怖いのは、いきなり指輪ってことで、日本のライト・ファンタジーの元ネタが一気に暴露されたんで、ライト・ファンタジーが薄く見えてしまわないか、ってことなんだけど……
サイキ
スゲー! 絵になってる! ってふつうに思いましたが、アレを映画でやってしまったら、今後ファンタジー映画って作れなくなってしまうんじゃないかな? とも思いました。なんていうか、最終手段。これやったら、終わりっていう感じが酷くして……
アドル
でも、大丈夫かな、とも思うんですよ。だって、もう伝統的西洋ファンタジーと日本のライトなファンタジーとは完全に別物だから。
サイキ
なるほど。
秋光
それが、最初にアドルさんの言った「変形しつつもファンタジーの根元は死んでない」ってことかな。
サイキ
続けて。
秋光
根元は伝統的西洋ファンタジーだけど、入口としての紹介の過程で別物になっていって、独自の発展を遂げている、という感じ?
アドル
まさにそれ
秋光
(ホントかよ!(笑))
アドル
(ホントです(笑))
秋光
うん、伝統的西洋ファンタジーは日本では根付かなかったし、これからも根付くことはないんじゃないかな、と。「伝統的西洋ファンタジー=ファンタジーの根元」とするなら、視覚を非常に重視する日本のファンタジー市場では、「ファンタジー」の根元は死んでいてもおかしくはないかと。けれど、日本で独自に発展した「和製ファンタジー」は確実に生き残っているという感じがします。
アドル
ちなみにハリーの方は、ライト・ファンタジーに近いからあまり気にしてません。ハリーからファンタジーに入った人がもっとファンタジーを知ろうとするかというと、イマイチそうは見えないし、「ハリー・ポッターに続くファンタジーの決定版!」なんて帯を見てもなんだかなーと思ったり。
秋光
ずっと強調してるところなんだけど、ほんと余りにも視覚に頼りすぎてるような気がするのね。視覚的に表現できるかどうかでヒットが決まる、みたいな。
サイキ
エルリックなんかは映画化できなさそう。心理の内面がメインの話だし。
秋光
前にも言ったけど、ファンタジーは夢の具現化、という部分があるならば、具現化とは視覚化に通じるところがあるわけで。想像力を働かせる余地がなくなってはしまわないかというのが心配。
アドル
視覚化することで、それを見て入って来た人はそこから始まるから、おおもとの想像力というのを知ることなく育つかも、って感じですね。その問題は、ビジュアルが先走りすぎたゲーム業界にもいえますが。
秋光
そうなのです。
サイキ
すると、もともとファンタジーは矛盾を孕んでるわけですか。想像力を基礎として、それを表現するために具現化したのに、具現化したものが根っこを理解させにくくなる、と。
秋光
一般的にそうやって言えるか、とは限らないかもしれないけど、そういう可能性はあると思う。
アドル
想像力を感じさせる作品なんてあまりないですからね。面白いのはたくさんあるけど、読み手のイマジネーションを膨らませるとなるとちょっと。
アドル
日本のライト・ファンタジーは、主に視覚を重視して(特に2次元方向に)作られてる別物と。そういう話の持ってき方ではダメですか。
秋光
いや、それは大アリかと。
アドル
ジャイアント・アントかと。
秋光
ロードスリプレイかよ!(笑)
サイキ
うわー(笑)
秋光
やべー何のリプレイだっけ。ちと捜してくる…
サイキ
ちょっと待ってください。そろそろ、この辺で鼎談は終了ってことでいいですか?
アドル
はーい。
秋光
了解です。
サイキ
それでは最後に、これからのファンタジーはどうなるか、というところから感想を一言ずつお願いします。
秋光
うわ、いきなり厳しいお題が。えーとですね、私は早くアルスラーンの続きが読みたいので、田中氏に頑張って欲しいです。
アドル
(空気読んで下さい)
秋光
(がーん)
アドル
僕は、「これはファンタジー」「これはSF」「これはミステリィ」というカテゴリー化があまり意味なくなるんじゃないかと思います。いや、現になくなってるのかな? 僕から見れば最近のホラーとかミステリィなんて立派なファンタジーですよ。なんつーのかな、「世の中不思議なことだらけだよ関口君」。世界はファンタジーで満ちてます。
サイキ
世界はファンタジー。いいですね。夢がある(笑)
サイキ
ありがとうございました。今日はほんと長い時間お疲れ様でした。
秋光
楽しかったです。
アドル
僕も
秋光
楽しかったのですが、これからリプレイを捜さなければ。スレインだっけ、グリーバスだっけ……
アドル
え、今からですか?

こうして、長い夜は更けていくのでありました。

アドル 秋光 サイキ 03年10月4日深夜 CSS協力:徳保隆夫