乙女の本棚タイトル    カフェ,ロリータファッション,キャラクターグッズ,嶽本野ばら・山崎トオルのヒット……。
 昨今ちまたに溢れる「乙女」なモノの数々。
 その中から「本」にスポットを当て、その世界を垣間見ていこうとする無謀な試みです。
 現在乙女まっさかりな人も大昔に乙女卒業しちゃった人も乙女心を理解したい男性諸君も、書物を通して、めくるめく乙女ワールドに旅立ってみませんか?
 過去も現在もきっと未来も乙女に縁のない中年、水野が(無理して)お送りします。

 第2回 体液のないセックス−『流しのしたの骨』
水野
流しの下の骨 本

『流しのしたの骨』
江國香織 1996年7月 マガジンハウス
1999年9月 新潮文庫

アマゾン バナー


『私、もし誰かを殺してしまったとしたら、骨は流しのしたに隠すと思う』
『流しのしたの骨』は、流しのしたに誰かの骨がひっそり隠されていてもおかしくない、そんなちょっと変わった家族の物語だ。家族というものはそれぞれ独自性を持っている。そこにスポットを当てたこの作品、その舞台設定の充分すぎる閉鎖性に私の乙女アンテナはびんびんに反応してしまう。

 主人公・こと子は、いつだって「平らか」な19歳だ。どんなことがあっても淡々としている彼女は、例え感情が表に出てくるときも「すーん」(淋しいということらしい?)という、19歳にしては、ちょっとかわいらしすぎる言葉でしかない。まるで精巧なフランス人形のように、読者に感情を掴ませないのだ。もし友達にいたら、と思うとぞっとしてしまう。
 物語自体も特に起承転結じみたものがなく、たださらさらと時が流れていく。
 いや、いくつかの事件が起こることは起こるのだが、何せ主人公であること子が「平らか」なものだから、その語り口もいつだって平らな傍観姿勢なんである。きれいなきれいなお人形のまま、ただ見ているだけのこと子ちゃん。こういう女って、にこりともせずに「私、あなたの恋人と寝たの」とか言い出しそうで、本当、恐ろしい。
 私としては、そこで涙と汗と振り絞り、わたわたと慌てふためいてこそ、なんて思ってしまうが、乙女はそんな汚らしいものとは無縁なのだ。磁器製の肌がいつでもつるりとしている様が目に浮かぶ。

「『え?』
 ほんとうに口を少しあけたまま、深町直人はびっくりした顔をする。(中略)
『もう一度、言ってみてくれるかな』
 深町直人が慎重に要求し、私はおなじ言葉をくり返す。
『そろそろ肉体関係をもちましょう』」
 なんせ初めての恋人と初めてのセックスをするときですらこうなのだから、もう、参っちゃう。
「肉体関係」という言葉はあまりに事務的すぎて、お互いに顔を歪め、搾り出した体液をこすりつけあって、という、実際の行為からは、奇妙に乖離しているように思える。
 その後ふたりは果たしてセックスするのだけど、それはその、あれである。少女漫画の世界。気づいたら体液交換シーンは終わり、ふたり仲良くベッドに転がっちゃって。最後まで彼女らは唾液の一雫も落とさない。まさに「肉体関係」。

 そして冒頭に示した台詞。
 こと子とその姉(次女)は、長女の離婚が決まった際、彼女の引越しの手伝いをする。その時流しのしたにジャムの小壜やら得体の知れない壜詰を見たことで、人を殺した自分を夢想する。
彼女らにとって、流しのしたにひっそり佇むジャムの壜こそが長女の結婚生活の死骸なのだろう。しかし、普通殺して残るのは、薄気味悪くて腐臭を放つ、血肉をまとった死体である。いくら命がこときれたからと言って、人はいきなり骨にはならないし、結婚生活だって、かわいらしい壜ではありえない。
 血肉の奥底でカラカラと乾いている(ように思える)真っ白な骨。もし取り出そうとしたら、腐敗を待つか、もしくは燃やしてしまうか。けっこうな作業が必要だ。
 しかし乙女の妄想はそんな面倒なものを軽々と飛び越える。乙女たちは、いともあっさり死体の血肉を削ぎ落とし、それを流しのしたにぽいぽい放り込んでみせる。
 清潔の象徴であるキッチン。その流しのしたにひっそりと息づく骨もまた、こびりついた肉片がどうしてもとれないの! それが最近臭って臭ってたーいへん! なんて、絶対ないんだろうなあ。
 何かを失うたびに未練たっぷり演歌の登場人物になる私にとって、なんともうらやましいお話である。

 乙女という生き物はどうやら体液関係があまりお好きじゃないご様子。
 唾液、汗、愛液はもちろん、涙さえ流さずに、ただぼんやりと周りを見つめ続けること子ちゃん。自分でさえそうなのだから、死体に血肉が存在していることも思いつかない。
 ラスト近く、こと子は恋人の股間に手を乗せると「すーん」が消えていくことに気付く。
 さて、そのペニスは尿とかカウパー氏腺液とか精液とかが出てくる、私の知っているアレと果たして同じものなんだろうか。万年発情期としては、気になって仕方なかったりする。
 余談だが、小洒落たお嬢さんが運営するサイトに「Favorite…江國香織」と書いてあるのをよく見かける。そのリンクページから「彼氏のサイトです」なんてコメントされているサイトに飛ぶと、そこには「好きな作家・村上春樹」と書いてあったりする。
 さて、この恋人たちは一体どんなセックスをしてるんだろう。想像してみるとなんだか楽しくなっちゃうことこの上ない。