特集:童話 Folio vol.3
イラスト:甲斐
玉子物語
春の日の午後、1羽のニワトリが玉子を3つ産みました。
夏の日の午後、そのうちの2つが殻を破って、眩しい太陽の光に目を細めました。
 
「こんにちわ。赤ちゃん」
ママニワトリは二羽のヒヨコにあいさつをしました。
「こんにちわ。お母さん。はじめまして」
二羽のヒヨコは声を揃えて元気良くあいさつをしました。
「もうすぐであともう一羽産まれるのよ」ママニワトリは言いました。
二羽のヒヨコは同時に首を回してあともう1つの玉子を見つめました。
「あと、もう一人の兄弟・・・」
 
月日は残り1つの玉子を待つことなく過ぎていきます。
 
秋の日の午後、玉子はまだ殻を破りません。
「まだ出ないよ」
玉子から声がします。
2羽のヒヨコはもう一人でエサを食べれるくらい成長しています。
 
「まだ出ないよ」
玉子の中のもう一羽の兄弟は時々玉子を少し揺らすくらいで殻を割ろうとしません。
「どうして出てこないの」
ママニワトリは毎日心配そうに玉子に話し掛けます。
「出なくても生きていけるって知ったのさ。この殻の中は栄養もいっぱいあって、水の中にプカプカ浮いて、雨もないし、日照りもない。ちょっと窮屈だけど殻の外のように偏屈でないし」
ママニワトリは困ってしまいました。
 
「外の世界はおいしい木の実がいっぱいあるのよ」
「毒入りキノコがあるじゃないか」
「外の世界は大きな空が広がっているのよ」
「僕達は羽ばたく翼がないじゃないか」
「外の世界は大きな夢があるのよ」
 
「僕はおいしいお肉になって人間に食べてもらうんだ」
兄さんヒヨコが言いました。
「私はこの羽根をふかふかの枕にしてもらって人間を心地よい眠りへ誘うのよ」
姉さんヒヨコが言いました。
「自分の為の夢じゃないじゃないか」
玉子の中のヒヨコはそれっきり自分の殻の中へ閉じこもってしまいました。
 
「コンコン。コンコン。顔を見せてよ。顔を見せてよ」
2羽のヒヨコはくちばしで玉子をつつきました。
「やめてくれよ。やめてくれよ」
玉子の中のヒヨコは言いました。
「やめてくれよ。出たくないよ。僕は怖いんだ」
「何が怖いというの?」
ママニワトリが優しい声で言いました。
「外の世界を知ることが怖いんだ。僕はずっとこの殻の中で過ごしていたいんだ」
「外の世界は大雨も毒キノコもあるけれどそれなりに素晴らしいことがいっぱいあるのよ」
「それなりに、って何だよ」
ママニワトリはまた困ってしまいました。
 
秋風が紅葉と一緒に楽しそうに踊っています。
 
「僕は悪いことをしてるのかな」
玉子の中のヒヨコが言いました。
「殻の中から出ないことが?」兄さんヒヨコが言いました。
「そりゃ悪いことよ」姉さんヒヨコが言いました。
「外の世界を知らないことが一体どこが悪いのかな。僕はこの殻の中で満足してるし何よりも幸せなんだ」
「私はあなたの顔を見れないことが何よりも悲しいのよ」
ママニワトリは悲しそうに言いました。
「僕はママたちがそう思っていることが何よりも切ない」
 
秋の風が紅葉の葉を泳がせながら囁きあっています。
 
「人のために生きるのか」
「自分のために生きるのか」
 
「殻を破るのか」
「破らないのか」
 
「破らないままで何が得られるのか」
「破ると何を失うのか」
 
ママニワトリと二羽のヒヨコと玉子の中のヒヨコはだまって秋風と紅葉の囁きを聞いていました。
それはママニワトリのとさかを揺らし、二羽のヒヨコの羽根を震わせ、ヒヨコの玉子の殻にヒビを入れました。
 
「難しく考えることないさ、ほら出てきなさい。フゥ〜ッ」
北風が息を吹きます。
「風まかせって楽なのよ。ほ〜ら」
紅葉が空へ舞い上がります。
「ママも子供たちもみんなあなたを待ってるのよ」
ママニワトリが小さな翼を広げます。
「ボクたちがついてるさ。コンコン。コンコン」
2匹のヒヨコがくちばしで玉子をつつきます。コンコンコン。
 
パリパリパリ・・・・
 
割れかけた玉子の殻からヒヨコの顔が出てきました。
「まぁ!」
「わっ!」
ママニワトリと2羽のヒヨコは驚きました。
 
中から雪のように真っ白なヒヨコが出てきました。
くちばしも足も翼も全部真っ白です。
 
「こんにちわ。はじめまして。ママ、お兄さんお姉さん」
白いヒヨコは元気な声であいさつをしました。
「!!・・・・」
「坊や・・・その・・・翼・・・」
ママニワトリは白いヒヨコの翼を眺めました。
2羽のヒヨコは驚いて声が出ません。
 
白いヒヨコは翼を広げました。大きな大きな翼です。
 
「ボクは殻の中でいつも空を飛ぶ夢を見てたんだ。どこまでもどこまでも。ボクの邪魔をするものは何もなくて自由に大きな空をどこまでも飛んでいるんだ。疲れたら雲の上にとまって休憩して雨水を飲んで、また空を飛びつづけるんだ。どこまでもどこまでも。どこまで飛んでいいのかわからないけどここまで飛んだらおしまいという印もない。そんな夢を毎日見てたんだ」
 
白いヒヨコは大きな翼を羽ばたかせました。すると砂ぼこりが立ち、周りが見えなくなりました。
ママニワトリと2羽のヒヨコは目をつぶりました。
目を開けたとき、そこに白いヒヨコはいませんでした。割れた玉子の殻だけが残っています。
 
「ボクはここだよ〜」
 
ママニワトリと2羽のヒヨコは空を見上げました。
白いヒヨコが大きな翼を羽ばたかせ大空に円を描いています。
 
「すごい!すごいや!!」
2羽のヒヨコは興奮して小さな翼を羽ばたかせています。
ママニワトリも大喜びで小さな翼を羽ばたかせています。
 
「外の世界は夢で見たた通りの大きな空が広がっていた!外の世界は夢で見た通りの眩しい太陽が光を投げかけている!
外の世界は夢で見た通りのおいしい空気で満ち溢れている!外の世界は外の世界は・・・・!」
 
「外の世界は玉子の中より虚構に満ち溢れているんだよ」
北風が囁きました。
 
すると一転、空は厚い雲で覆われ、太陽は雲で隠され、空気が薄れていき、
白いヒヨコの大きな翼はみるみるうちに縮んでいきました。
 
「外の世界は・・・・」
 
翼をなくした白いヒヨコはまっさかさまに地面へ落ちていきました。
 
「外の世界でオレはおいしい肉になるんだ」兄さんヒヨコが言います。
「外の世界で私はふかふかの枕になるのよ」姉さんヒヨコが言います。
「外の世界で私はこの飛べない翼で生きていくのよ」ママニワトリが言います。
 
外の世界で翼をなくした白いヒヨコは赤いヒヨコとなって
雨が降り出した冷たい土の上で死んでしまいました。