vol.4

屈折

2

 遠ざかっていく滝本君の背中を眺めながら、私は欲情した。彼を拘束し、彼の自由を奪いたいと思った。彼の意思に関係なく、私を彼にぶつけてやりたいと思った。彼の潔癖を奪いたいと思った。私が、彼を奪いたかった。輝きを摘み取りたかった。つまり、犯したかった。
 見つめる背中が小さくなっていく。あの華奢に見えて、実はそうでもない背中。背骨に沿って舌を這わせてやったら彼はどんな声を出すのだろう。
 かなり前から考えていた。私の悪い癖の標的は、もうしばらく前からずっと滝本君に絞られている。彼の大人びた口調を聞くたびに、私は濡らしていた。彼の哀願を想像して自慰に耽った。朝、顔をあわせるたびに、親しげに挨拶してくる彼に劣情を催した。「おはようございます」というその声に興奮した。彼の全てが私を誘っていた。今朝も彼に挨拶されたとき、恥ずかしげもなく濡らしてしまっていた。
 最初から、今日彼を連れ去る計画はあった。その上、私は幸運だった。幸運とはつまり、一時に公園前駅でする待ち合わせのことだった。学校から駅までの道には、薄暗い路地を通ると近道になる。彼はそこを通る。いつもは通らないが、今日は通るのだ。上手く狙えば、駅に着く前に彼を連れ去ることができるはずだった。
 さっき、彼と二人きりでいたときの彼の表情を思い出した。幸福そうだった。私はそれを思い出して、体を熱くした。彼の表情は、ますます私の欲望を駆り立てた。その場で犯したかった。
 クロロホルムは私の手の中にある。こういうときにこそ、私の職業は便利だ。今の職業についたのは他の理由からだったが、思わぬ副産物があることに私は喜んでいた。
 もう我慢ができなかった。今日実行しなければ、気が狂ってしまいそうだった。私は決心した。彼をさらって、彼を犯すことにした。待ち伏せして、彼を拉致することにした。場違いに真剣な表情をしているだろう自分を、少し不思議に思った。誰も、私がこんな暗い情熱を持っているとは思わないだろう。そう思うと、気分が良くなった。私は滝本君の背中を見つめるのをやめて、移動をはじめることにした。

 私は薄暗い裏路地で息を殺していた。動悸が激しい。車を停めてから全力で走ったせいだろう。けれど、失敗はしない。手の中の布には、クロロホルムがしみこませてある。時刻は一時十分前。もうそろそろ来るだろうと思った。私は体を固くした。
 雲が太陽を遮った。彼の足音が聞こえてきたのは、そのすぐあとだった。足音で、小走りで駆けてくる彼との距離を測った。音がどんどん大きくなる。胸が高鳴る。不安のせいではない。期待。私は興奮している。とても欲情している。
 彼が、私の隠れている物陰を通り過ぎた。その瞬間、私は体を伸ばしていた。腕が彼の口に伸びる。口元を、布が覆った。彼がもがいたのは、一瞬だった。くぐもった声を漏らして、私の腕の中で彼は脱力した。
 興奮でイってしまいそうだった。膝が笑っている。滝本君を手に入れた。滝本君を抱きしめてから、慎重に歩き出す。車はすぐそこだった。たとえ誰かに見つかっても、言い逃れはできると計算していた。私と滝本君の関係は、本来いかがわしいものではないからだ。
 調子の悪い彼を私が介抱することに疑問を抱く人はいないだろう。あまりにもうまくいった。自分の計画に酔いしれながら、またジワジワと濡らした。車はすぐそこだった。

 滝本君を車に乗せてから、いつもの廃屋に向かった。一週間前から手入れをはじめていたから、いろいろと用意が整っている。自分の家では、さすがに大胆すぎるから、いつもここを使うことにしていた。
 拉致の瞬間は、幸い誰にも見られなかったと思う。車を少し離れた場所に置いて、彼をおぶった。想像していたよりも重い。やはり男の子なんだと思った。車の中でもずっと、滝本君にこれからすることを考えていた。不気味な声が聞こえたと思ったら、それは私の笑い声だった。もう笑いを堪えることもできなかった。
 廃屋に入ってからは慣れたもので、数分後には手を天井から吊るされる形で立っている滝本君が目の前にできあがっていた。もちろん、足も拘束してある。大の字に体を開いた形で、首だけ俯けて滝本君は眠っていた。その姿を、とりあえずカメラで何枚か撮影した。
 服はまだ着せたままだった。大きなハサミも用意している。これは服を切るだけではなくて、脅しにも使えるので重宝する。バケツに用意しておいた氷水を注いで、準備は整った。
 息を吸って、氷水を頭から滝本君に浴びせ掛けた。「ひゃあ」と情けない悲鳴を上げる滝本君。背筋がぞくぞくした。濡れた髪の毛からポタポタと水が滴る程度になってから、滝本君はようやく目の前に立つ私の存在に気がついた。目をパチパチさせて、拘束されている自分の手足を見ている。
「あ、あの……」
「君を拉致して拘束して監禁したのは私。理由はすぐに分かるから質問禁止。ていうか、今後一切私の許可なしに喋ることを禁じるね。喋ったらコレが飛んでくると思って」そう言って、私は笑いながらハサミを見せた。滝本君の顔がこわばった。満足した。賢い子。私が本気だと理解したらしかった。相手を脅すにはまず、自分を狂人だと思わせるのが効果的。過去の経験から知っていた。
 それからしばらく、じっと滝本君を見つめた。何もしないでただ見つめた。唇が紫色に変色して、歯がガチガチと鳴っても、滝本君は一言も喋らなかった。先に我慢できなくなったのは私の方だった。滝本君に近づいて「寒い?」と尋ねた。
「寒いです」と滝本君は答えた。
「どうして欲しい?」
「自由にしてください」
 私は無言で頷いて、滝本君の制服をハサミで切り始めた。「え、ちょっと!」と滝本君が声を出したので、ハサミの切っ先を彼の顔に当てた。
「勝手に喋ったらダメっていったでしょ」滝本君は素直に頷いた。取り乱さない。美しい子。
 上半身を裸にして、乳首を舐めてあげた。滝本君は無表情のまま無言だった。頑固な子。私は少し笑って、ズボンをチョキチョキやりはじめた。ズボンが取り払われてしまうと、さすがに滝本君は眉を寄せた。それから、ハクションとくしゃみをした。
 トランクスまでは切らなかった。私はゆっくりと自分の服を脱ぎ始めた。できる限りゆっくり、一枚ずつ丁寧に。私が下着姿になったとき、滝本君はさすがに目を見開いた。胸で彼の体を刺激してやると、滝本君はすぐに元気になった。
 トランクスの中で膨張しているものを、私は手で撫で上げた。滝本君が歯を噛み締めるのが分かった。すかさず私は尋ねた。「どうしたの?」
「どうもしません」
「そう」どうもしていないはずのものを、またゆっくり撫で上げた。それから、私は自分の下着を取り去った。全裸になった私から、滝本君は目をそらした。「見ないと刺すわよ」にこやかに私が宣言すると、滝本君は大人しく視線を戻した。濡れた。
 私はそのまま、そこで自慰をはじめた。もちろん、本気ではなかった。見せ付けるために、演技をしながら嬌声を上げた。滝本君が目をそらすたびに「見なさい」と声を上げた。十分間、滝本君は、今にも破裂しそうなほど膨らませながら、私を見つめていた。
「見ないで」と私は言った。滝本君は最初、何のことか分からなかったらしく、反応しなかった。そこで私は立ち上がって、彼の頬を叩いた。「見ないでよ、変態。そんなに私のオナニーが見たいの?」
 滝本君は悔しそうな、それでいて泣きそうな顔をしたまま、目を瞑った。「何とか言いなさいよ」と私が言っても、彼は無言だった。私は満足して、そのまましばらく声だけで演技を続けた。じっと滝本君の瞼に注目しながら、五分もバカらしい喘ぎを繰り返した。五分後、我慢できなくなった滝本君が薄目で私を見たとき、彼の瞳には勝ち誇った私の顔だけが写ったはずだった。
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