おいしい水

サイキ

第四話 NATURAL WOMAN

Lady Soul
ジャケット
Aretha Franklin
→tower.jp

だいたい響の祖父の話を訊く時は、僕が驚く時だった。

ずいぶん前のことだけど、はじめて響の祖父の話を聞いたときは、都合何度目かの結婚をしたという報告だった。一五歳も年下の女性と地方巡業に来た歌舞伎を見に行った帰りに、結婚するぞと思ったらしくて、それから一月後に結婚したそうだ。かと思えば古いバイクを修理して、まだ新婚二ヶ月目の時期だったけど、ちょっと出掛けてくるわと北海道を一月かけて回ったそうだ。それだけではなく、しょっちゅう何かやらかしていた。地元の秋祭りの御輿を担ぐといってどうしても訊かず、でもあまり張り切りすぎて、ぎっくりになってしまっても懲りなかった。もう七〇なのよと響は呆れたように溜息を吐いて、僕に報告したものだ。

あれじゃあ、(新しい)おばあちゃんが可哀想と響は言ったけど、それほど困ってる風でもなく、そんな祖父の行状を楽しんでもいた。そもそも響にピアノを習え習えと勧めたのはその祖父で、子供の頃に響はピアノを祖父がうっとり聞くために習わされたようなものだ、と懐かしそうに嬉しそうに回想していた。

そうそう。僕らが住んでいるアパートの隣りの家に、ダンス教室の先生をしているおばあさんがいる。もう七〇近いはずだけど、まだまだカクシャクとしていて祖母の勧めで一七になる孫娘を声楽教室へ通わし、自分の教室でダンスもやらせていた。孫娘はおとなしい性格で、どちらかというとダンスをやる顔付きではなかったけど、ずっと祖母の後からちょこちょこと付いて回る様子は小さな頃から可愛かった。

僕らはその日、映画を二人で観に行った帰りだった。

コンビニの近くにある公園の側を通りかかると、抑揚のある歌声が聞こえてきて、曲はキャロルキングの「ナチュラル・ウーマン」らしかった。

響が気が付いて、あれ? とつられて見ると、その香奈という孫娘だった。やがて彼女は僕らに気が付き、歌をやめて恥ずかしそうな顔で俯いた。

「学園祭でこの曲やるの」

僕らがお願いすると、彼女は恥ずかしそうにしながら、最初から歌い始めた。

Looking out on the morning rain

I used to feel uninspired

and when I knew I had to face another day

Lord, it made me feel so tired.

Before the day I met you, life was so unkind

'Cause you make me feel, you make me feel,

you make me feel like a natural woman.

その声に僕らはびっくりして、顔を見合わせた。どこで覚えたのか普段のおとなしげな印象とは裏腹に、もともと素質があったのだろうか、それとも声楽のレッスンが効を奏したのか、声量と声の深さがダントツで、僕らは本心から手を叩いた。

「すごいじゃないの」

響は顔を紅潮させて誉めた。もちろん僕も驚いた。時々隣りの家から聞こえてくる声楽の歌声より、ずっと生き生きと聞こえたし、どことなくキャロル・キングよりはアレサ・フランクリンの節に近かった。

「どこでそんな歌い方覚えたの?」と訊くと、色々と日本人の歌手の名前を挙げて、友達とカラオケよく行くのよという話で、それにしても上手だった。

「私、本当は声楽じゃなくて、もっとみんな知ってるようなのが好きなの」

「そうなんだ」

響は彼女を慰めながら、じゃあ、おばあちゃんを説得しましょうよ、私たちも手伝うからと言って僕を見た。え? と思ったのは内緒だけど、「じゃあ、私たちの家に来て。私はピアノ弾くから」と話を進め始めた。こんな時、女は切り替えが早いなと、僕はやれやれいつそんな時間があるんだと思いながら、それでも彼女の声は魅力的で心引かれたのは間違いなかった。

となると、早速翌日から練習が始まった。

響はもうノリノリで、急いでバイトから帰るとインターネットから、コード表を探しだして、はい、お願いねとプリントアウトしたものを僕に渡した。最近忙しくて触ってないギターの弦を張り替えてるうちに彼女がやってきた。響は早速、これこれ、とアレサ・フランクリンのライブ盤と最近買ったばかりのJOSS STONEのアルバムを聴いてみてと渡した。

ジャケットを眺めながら彼女が早速聴きたいと言うので、アレサをプレーヤーにかけてみると、「あーーっ」と素っ頓狂な声をあげた。

「これよ。これ。私、一度だけ聞いたことあるのよ。こんな風に歌いたいって思ったんだ」

響は微笑んで僕を見た。そして成り行きを見守っていないで、早く弦を張ってよと急かした。まったく。和製JOSS STONEに仕立てあげるつもりじゃないだろうなと思ってみたものの、でもちょっと面白いことになりそうだとも感じていた。でもその前に隣の部屋から五月蠅いと怒鳴り込まれるのが早いかも知れない。

Bonus Track

The Soul Sessions
ジャケット
Joss Stone
日本盤はCCCDなので外盤をお勧め致します
→Amazon

最近ソウル、R&Bが面白い。

ジョス・ストーンはイギリスのドーヴァー生まれの若干16歳のイギリスの白人少女。しかし、声量、声質、音域、どれをとっても黒人歌手にひけをとらないのではないかと思われるほど素晴らしい声で、14歳のときにBBCのタレントオーディションに出場して見事優勝した経歴を持つ。このアルバムは全曲カバーアルバムでJoe Simon、The White Stripes、Laura Lee、Carla Thomas、John Sebastian、Aretha Franklin、The Isley Brothersなどの曲をソウル風味一杯に歌っている。

昨年末にアレサ・フランクリンのもしかするとラストアルバムになるかも知れないと噂されつつ出た新譜は、そんな噂をものともしない強烈な傑作で、音質的には近年のR&Bをなぞった音づくりだが、アレサの声は衰えもせず、いや、むしろ、かつての華々しさを取り戻している。

アリシア・キーズの2nd(The Diary Of Alicia Keys)もR&B・ソウルミュージックを背景に近年のエモーショナルソウルと言われる新しいソウルが全面に出た快作だった。

バーバラ・リンの新譜も堂に入ってて快作だった。

復活したアル・グリーンは、ソウルミュージックのレーベルではなく、ジャズのブルーノートからの復活で、かつて所属したハイ・リズム時代の音作りを踏襲していてソウル、R&Bファンを驚喜させた。

ブルーノート・レーベルといえば、JAZZのレーベルで有名だが、近年、ベテランソウルシンガーやR&Bのシンガーを受け入れていて、ヴァン・モリソンがブルーノートから最新作を出して、驚かされた。

このブルーノートの動きも面白く、多分、端緒がノーラ・ジョーンズのヒット辺りだと思う。ノーラ・ジョーンズの音楽は純粋にジャズではなく、もっとポップフィールドやR&Bフィールドで通用する音楽であるし、リスナー側の変化と共にブルーノートは路線を幾分変更してきたのだと思う。また、それはブルーノートで以前からジャズのフィールドでは収まらない活動をしてきたカサンドラ・ウィルソンの功績があってのことだと思う。

こうしたブルーノートの動きに対してVerveが、リズ・ライトを出してきたのも面白い動きだと思う。

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