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Folio vol.5 mystery
「お宅探偵さんなんでしょ。週に一回くらい殺人事件が起きてるんでしょ」もうほんと金持ムカつく。「いや、そんな、アニメじゃないし……」「だったら何? いつも何してんの?」と大根足の枯葉。「えっと、家出人捜したり浮気調査したり……」「私は医師の困窮谷です」「さっき聞いたよ」「え、私今初めて知った」なんてもう何が何だか。「でもニ・三回はこんな殺人現場に遭遇したことがあるんでしょぅ。にぇぁー」こいつが何か生理的にムカつくのは気のせいではなかった。この粘着質な話し方が癪に障るのだ。こいつが死ねばよかったのにと思う。「いや、あることはあるんだけど、ちょっと推理なんて働かせると警察が素人がでしゃばった真似するなって文句言うんだよ」「なるほどねウンコタレ」「な、なんでいきなり中傷されなくちゃいけないんだ」

「あー。ウンコで思い出したんだがね、先ほどトイレに行ったら大便器の方にウンコこびりついてるんだよ。こびりついたウンコ」困窮谷が度の厚い眼鏡から意味ありげに僕たちを覗き込む。「なんだよ。俺じゃねぇよ。今日ウンコしてねぇよ。してないウンコ」一瞬、狼狽えた金持の表情を僕は見逃さなかった。「犯人は、金持君、キミです。キミ犯人」「だ、だから俺じゃねぇって。犯人じゃない俺」と金持は顔面を紅潮させ、枯葉を睨んだ。「な、何よ! 私が男子トイレに入るはずないじゃない! 女性の私」枯葉が突如無実の罪に問われた怒りの眼差しを僕に向ける。「あ、ホントは僕がやりました」「なんで人のせいにするんだよ馬鹿野郎」「だって恥ずかしいじゃない」「だってじゃねぇよ。俺すげぇ恥ずかしかった。ウンコ罪に問われるとこだった」「あ、さっきの嘘。この人だったかもしれない。この死んでる人」「なんだよ。今思いついたようなこと言うんじゃねぇよ」

「もー! ちょっとは推理してよ!」大根足で地団駄を踏みながら枯葉が踊り始めた。手の平ひらひらさせて。「それ何の踊り?」「いや、その問い掛けは間違えている。今この状況で何故踊りだしたかを訊ねなくてはならない」と困窮谷。「そりゃそうだ。で、探偵さん。早く推理してよ。俺の彼女メールの返信が遅いとおっかないんだよ。もうさっきのメールから一時間経ってるし。サクッと推理してよ。決めゼリフとかないの?」「え、ないよ」「ほらー。じっちゃんの名にかけてとかさー」枯葉が踊りながら僕を見る。困ったなぁ。探偵がみんな決めゼリフ持ってるなんて偏見だよ。「決めろ! 決めろ! セリフをさっさと決めろ!」なぜか決めゼリフをリズミカルに催促する大合唱。困った僕は一休さんよろしく指に唾をつけてオデコのメガネででこでこでこりーん。

「か、母ちゃんの名に恥じて!」「な、なんだよそれ。格好悪いよ」「だから母ちゃんの名に恥じて!」「なんで恥じるのよ」「僕のお母さん、名前が万子っていうんだ」「恥ずかしいなぁ」「あられもないわねぇ」「面映いなぁ」「でしょ」「恥ずべき価値はあるね」「十分あるわ」「十二分にあるぞ」「で、結局犯人は誰?」「もう誰でもよくない?」「探偵のくせに投げ遣りだなぁ」「じゃあ探偵は高校球児のように常にベストを尽くさなければいけないのか?」

  柱時計が午前0時を告げた。目の前の死体は、周囲の血が少し固まってきた程度で何も変化がない。確か太麻という名だった。ここに来るときのバスが隣同士でチョコベビーもらったからよく覚えてる。だけど僕が持っている太麻の情報はリュックにチョコベビーを忍ばせているということしかない。

  仮にここに落ちているスカーフが殺人に使われたとすると、太麻は枯葉によって殺害されたということになる。「ねぇ、このスカーフ、あんたのじゃないの」「何? 私を疑ってるわけ? 馬鹿じゃないの。来月のボーナスで何買おうかしら」と、枯葉は他人事である。ではこの腹部の傷、鋭利な刃物によって腹部を横一文字に切り裂かれている。「ねぇ、キミ大学で何かサークルやってないの?」「サバイバル部です。サバイバルということは、肉とか木とかを裂くサバイバルナイフを常備しています。東急ハンズで買ったやつ」「じゃあキミ切ったんじゃないの。この人のお腹」「でた。でたよ。疑われてるよ。東急ハンズのエレベーターってなかなか降りてこないんだよな」金持も話にならない。それでは注射器。医師の困窮谷を疑って当然だろう。「ワシ? ワシ? この注射器でワシが犯人だと判断したわけですか。なるほど。それじゃあなんだい。死体の傍らに一万円札が落ちていたら福沢諭吉を疑うのかい?」この人偉そうだけど全然理に適っていない。

  眠くなってきた。犯人探しは明日でもいいような気がしてきた。犯人見つかってもこの人が生き返るわけじゃないしね。で、どうして僕が第一発見者かというと、ご飯の時間になっても食堂に降りてこないから呼びにいったわけ。で、部屋には鍵が掛かっててノックしたら「今行きます」って言うから、普通の人だったらこんな何気ない言葉を疑うはずはなく、僕も普通の人なので「じゃあ待ってます」と言ってその後トイレに行って便器にウンコついちゃって、僕がトイレに行ってないというアリバイを立証しなければいけない。ということはどうしても太麻の証言が必要だ。ってことでノックノック。しかしノックしても出てこない。おかしいなって思って隣の自分の部屋に戻って窓際から太麻の部屋を覗いたら死んじゃってておっかなびっくり。うきゃぁと叫ぶや否や(as soon as)、残りの三人がどやどやと集まってきたわけで。

「これって密室殺人だよね」「やだなぁ。ありがちだなぁ」「気が滅入りますなぁ」「探偵さん。母ちゃんの名に恥じて何かわかった?」「いや、だから皆が犯人っぽいんだよ」「だってそういうものでしょ」「何が?」「皆が犯人っぽいって」「状況上、そりゃそうだけど」「で、一番意外そうな人が犯人なのよね」「そうそう、探偵さんとかね」「えー。ぼくー。あんまりこう、意外性ないなぁ」「臭っ!」「な、なんだよ困窮谷さん」「腐敗臭がする」「しょうがないよ。刺身は魚の臭いがしてディズニーランドは夢を売っていて死体は腐った臭いがするんだ」「で、誰だと思う?」「今から登場するんじゃないの。このペンションの管理人とかさ」「あー。それあるっぽい」「だろ? じゃあそいつが犯人だ」

「こんばんはー」
「来た。犯人来た」「やだわ。ほんとに来た」「おっかないですなぁ」「じゃあ満場一致で」
 
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