Folio vol.5 mystery
著作権譲ります/高城令羽
illust:甲斐
『著作権譲ります』
高城令羽

●四月十五日

 作品の執筆に行き詰ったので、気分転換にパソコンを立ち上げ、お気に入りのサイトを巡回した。
 すると、岸和田さんのサイトに新作がアップされているのを発見。早速、印刷して読んでみることにした。
 岸和田さんの作品はミステリーがメインで、文章は荒削りながらも常に斬新な発想で多くのネット読者を魅了しているようだった。
 ぼくもそのうちのひとりだったので、コーヒーカップ片手に印刷が終了するのをワクワクして待つ。
 よし、完了!
 これから徹夜で読破するぞ。
 ということで、作品の感想はまた明日。

●四月十七日

 昨日感想を書く予定だったが、読後しばらく放心状態になってしまい、パソコンを立ち上げる気力がまったく湧かなかった。
 それほどまでに岸和田さんの新作は良かった。
 その作品の設定はこうだ。
 雪化粧をした森に囲まれたとある山荘に、大学時代の仲間の男女六人が集まった。と、こうくればミステリー好きならずともその後の展開は予想できると思うが、作品は鮮やかにその先入観を裏切ってくれる。殺人が行われるのは、閉ざされた山荘内ではなく、雪の白さとは無縁の場所だった。山荘から百数十キロも離れた都会で、閉じ込められた男女に縁の深い人間が次々に殺されていくのだ。
 外部との連絡手段を断たれ、唯一テレビだけがかろうじて観れる環境の中で、やがて彼らは、その事件の犯人は自分たちのうちの誰か以外に有り得ないことに考え至る。しかし、置かれた状況はそれとは正反対で、自分たちの中に犯行の可能な者は物理的に皆無だった。
 作品は、その事件の謎を骨格として、男女六人の人間模様が、まるでベテラン作家が描いたかのように展開されていく。
 きっと誰もが読み出したら、ページを捲ることを途中で辞めるのは不可能だろう。
 いつもの斬新な発想に、もはや素人とは思えない目を見張るばかりのストーリー構成と描写がプラスされたこの作品は、岸和田さんの代表作になることはもちろん、近年のミステリー界に大きな衝撃を与えるに違いない。作品が完成されていれば……。
 そう、この作品はまだ完成されてはいないのだった。肝心のラストが描かれておらず、犯人はおろかトリックすらも明かされていない。作者にとって一番書きたい章だと思われるにもかかわらず、『エピローグ』というタイトルがあるだけで、以降は空白になっていた。
 そして、その代わりに次のような一文が申し訳なさそうに(実際、文字のサイズは本文よりも小さめで、色も背景に溶け込みそうな目立たないものが使われていた)書かれてあった。

 この作品のエピローグをどなたか書いてくださいませんか?
 私の思い描いているラストを書かれた方には、本作品の著作権をお譲りいたします。

 僕の脳がこの文章の意味を受け入れるのに、しばらくの時間を要した。著作権を譲るとは、いったい岸和田さんは何を考えているのだろうか。この作品はどこの新人賞に応募しても必ず大賞を受賞するに違いない。そんなチャンスを自ら放棄するとは、とても正気の沙汰とは思えない。
 いろいろ考えた末に、ぼくが出した結論は、岸和田さんはラストを『思い描いてはいない』ということだった。すると、著作権を譲るという言葉も胡散臭いものになってくる。
 しかし、例えそれが岸和田さんが仕掛けた何かの策略だったとしても、やはりこれだけの作品の犯人とトリックが明かされるラストは、同じミステリー作家を志す者としてぜひとも書いてみたい気持ちにさせる。
 よし、それならいっちょ、ぼくが書いてやろうじゃないか。
 誰も思いつかないようなラストにしてやるぞー。

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