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one hundred years

二次創作

石川

 左京は闇ブローカーだった。妖怪を召喚しては顧客に売り、その手際は夜の彼方まで伝わり届くものであった。左京は妖怪を眼の前にした顧客が垣間見せる或る表情を何よりの喜悦をもって眺めた。世に出来ぬことは無い彼らが刹那開くその高鳴りは、明白に妖怪への羨望を露わにしていた。鼓動無き力への憧憬を、命の栄華を極めた者が見せる念の間に、左京は並みならぬ愉悦を響かせた。手腕を聞きつけた影富士が如き素封家に、左京はかならず言った。「あなたが欲しいというならそれは見事な妖怪をお渡ししましょう、でもね、妖怪は皆全て美しい、私のお渡しするのは別品にだ」人であり続けるに堪えるなら、と付け加えた。醜く肥え太り、幾人もの女を侍らせて訪れるような客には、際立って詳細にその魅力と危うさを伝えた。彼らは一様に一笑に付し、或る者は女の胸に顔を埋め、或る者は指輪の先端で鼻を掻いた。左京は特に力ある妖怪を彼らに渡した。女に一瞥もくれず、宝石の香りも忘れるその顔が、左京の快楽を極みに達させた。左京は望みを持っていた。目にしてきた全ての栄華を崩すこと、それを可能たらしむ力を持った妖怪を使役することが長きに渡る左京の願いそのものであった。闇に幾年生きても、左京を満たす妖怪は現れなかった。あぐねていた矢先、左京は或る妖怪の噂を耳にした。夢想した姿が彼となって現れたとき、左京はあらゆる手段を講じた。丁度四年目の夏のとあるゆうべ、噂の文言も薄れかかった時、左京の元をある妖怪が訪れた。男の素足からこぼれている筋肉に気が付いた。鋭い彼の眼には、妖怪の足はその顔と同じように複雑な表情を持って映った。その男の足は、彼に取っては貴き肉の宝玉であった。足首から起こって太腿に終る豪放な二本の丸太の整い方、惨劇の舞台で流れる赤黒色の血にも劣らぬ妖気の色合い、重機のような踵の硬質、清冽な岩間の水が絶えず足下を洗うかと疑われる肉体の潤沢。この体こそは、やがて世の生血に精錬され、有相無相のむくろを蹂躙する体であった。この体を持つ妖怪こそは、彼が永年たずねあぐんだ、妖怪の中の妖怪であろうと思われた。左京は急ぎ室に彼を連れ、一つの金庫を見せた。空白が押し寄せるような巨大金庫に、津波が如き金が在った。「私はこの金で君を至上の簒奪者にしよう。命もこの世も男も女も全ての美しさをやがて君の力が奪い取る。」その風景にいさせてくれないか、と双眸を交えたとき、左京の望みは世を歩くこととなった。男は左京の思うそれを越えて強くなった。男は人間と出会い、左京はもう一つの夢を叶えようとしていた。左京は男の強さに全幅の信頼を置いていた。彼が見出し舞台に上げた妖怪は今、世に最上の混沌を齎す扉をその筋肉で開こうとしていた。男は砂塵に塗れた体を拭いもあえず、激しい昂りに石盤の傍らに身を置いたまま、聞こえぬ何かを聞くように哂った。気狂いじみた顔の筋肉が悩ましげにその頬を盛り上げた。男の背後には左京が立っていた。真っ黒な影が二つ、その足元へ映っていた。「この試合は全てと一緒にお前にやるから、それを持って存分に戦うがいい」こう言って左京は男を送り出した。「左京さん、俺はもう今までのようなこころを、さらりと捨ててしまいました。お前さんが何を思おうと、俺は俺のためにやる」と、男は剣のような瞳を輝かした。その先には小さな人間が立っていた。左京の胸中にあった、恋のような野望が、するりと彼の手から離れ、失う快感に彼は陶酔した。やがて勝負が決し、妖怪は地に倒れ、左京は機械を取り出し、穏やかに釦を押した。周囲全てが崩れ始め、石塊が左京の近くを次々とかすめていった。彼に殺されたかった。灰と化した横たわる妖怪を瞥見し、呟いた。大きな穴を開けたかった。深遠の奥底から飛び来る妖怪、周囲の人間を虐殺する男をみながら、何処かで死にたかった。全ての妖怪はとても美しかった。[fin]

石川
WRITER 石川
がんばります。
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文学リミックス
谷崎潤一郎「刺青」
自らの命をかけるように背に美を注ぎ込む刺青師清吉。魂を削るような美への執着、客が刺青の痛みに苦しむ様をじっと見つめるサディズム。ひとときも気を抜けない、鳥肌が立つような小説。
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