アリサと会ったのは沖縄の北谷にある「リラックス」というバーだ。
その隣のホテルに宿をとっていたので、3日連続で通った。
その3日ともアリサはいた。
なんとなく仲良くなって話していた。
とても明るく、ズバズバとエロイ話をして、笑う。
でも3時くらいになると、店が丁度いい雰囲気にまったりしてきたので、
「どうして毎日ここに来るの?」と訊ねてみた。
「だって私には何もないから」
「?」
「ここのカウンターに座っているといろんな人と話せるでしょう?
何かをやっている人達の言葉はやっぱりそれぞれにすごいの」
「うん」
「私はそれを毎晩ここで聞く。いろんな人がここに来ては去っていき、
でも私は毎晩ここにいる。ここのカウンターが好き」
といって彼女はカウンターに手を滑らせた。
「なんかいいのよ。わかる?」
「うん」
「何もないけど、でも私にはこのカウンターがある」
そう言って彼女はまたカウンターをぽんぽんと叩く。
店が混んできた。
沖縄という場所は「電車がないから」こんな夜遅くからでも客がどっと来たりする。
アリサはマスターに呼ばれて、ちょっとカウンターの向こう側に移る。
「今日はこっち側」と言って、僕に舌を見せた。
アリサはあまりにも常連なので、店のお手伝いも兼ねているのだ。
僕は「カウンター」について思いを馳せた。
世界中にあるカウンター。
どこの街にもあるカウンター。
考え込んでいると、アリサはまた僕の隣にいる。
アリサは「いったりきたりする」んだ。
そして僕達はまた誰もいなくなったカウンターでぽつりぽつりと話した。
「それでアリサは将来何になる?」
「え? わらわない?」
「うん」
「えとね・・・可愛いお嫁さん」
僕は思わず笑った。
「そろそろ行かなくちゃ」
「そう。また来てね。私にいつでもここにいる。
このカウンターで呑んでるから」
僕が店を出ようとすると、マスターは「外国のエロ本」を3冊持たせてくれた。
「そんなの見ないよー」
「いいってそんなの。ホテルのゴミ箱に捨てとけばいいから」
ふむ。
ちゃんと捨てましたさ。
まー、チラリと見ましたさ。
*
今夜もアリサはあのカウンターにいるかな?
「でも私にはカウンターがある」
そう言った彼女の声が耳元から離れない。
●荒木スミシ
1968年、兵庫生まれ。
2000年、幻冬舎より小説『シンプルライフ・シンドローム』出版。
2001年、幻冬舎文庫より小説『グッバイ・チョコレート・ヘヴン』、『チョコレート・ヘヴン・ミント』出版。
2003年、メディアファクトリーより小説『ダンス・ダンス・ダンスRMX―“Typewrite Lesson”』出版。
雑誌「ダ・ヴィンチ」などで「これからブレイクする新人は誰か?」に取り上げられるなど、活躍が期待されるが、2001年以来、長編オリジナル小説は発表していない。
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