Folio Vol.10目次など

おいしい水 第10回

サイキカツミ

眠たい眠りたい、眠れない

 徹夜明けの眩しい明かりに僕は閉口して窓を開け放したままカーテンを閉じた。ベランダからキッチンへ行き、冷えたコーヒーをカップに注ぐ。デスクトップには昨夜のうちに終わらなかった仕事のデータが散らばって、タバコで部屋がまるで薫製になってしまったかのようだった。隣の部屋のベッドの中では響はぐっすり眠っている。午前5時、もうそろそろ夜が明ける。アパートから見える空には薄く雲が流れて、徐々に染まりつつあった。
 ベッドに潜り込もうかとするのだが、どうも目が冴えてすんなりと眠れなさそうだ。CDの棚を漁って何か格別な音でも聴いて、気分を落ち着かせてから眠りに入ろう、などと考えて、コルトレーンは違う、マイルスも違う。ジョンスコは激しすぎる。いや、そもそもジャズは夜の音楽ではないかと思い直して、フォークは、と考えた。ディラン? Rainy Day Women。違う。Subterranean Homesick Blues。違う。歳をとってからのアコースティックでフォークやってるのがあったはずだけど、あれならきっとモゴモゴしててよく眠れそうだなと思うけど、生憎と持っていないんだ。僕はロックの棚を眺めて諦めた。
 アメリカンミュージックは概して夜の音楽なのだ。
 ブルースしかり、ジャズしかり。ファンクもそうだ。例えばオールマンブラザーズとか、ディキシーチキンのあれも、せめて昼の日中の広々とした場所で広々とした開放感の中で聴くのが一番すばらしい。できるなら車を運転しながらだけど。だってジェームスブラウンが似合う朝はなんだか奇妙だ。ハードロックは昼から夕方にかけて。夜はヘビメタやプログレや、ああ、プログレにいいのがあるかも知れないと、見てみるものの、例えばエマーソンレイク&パーマや、ピンクフロイドが徹夜明けの朝に似合うかどうか、ちょっと不明な気がした。
 例えば村上春樹の小説なら、きっと<夜明けの口笛吹きがラジオから聞こえてくるような朝だった>とかなんとかで、済ませてしまうのではないかとか思って、僕はビートルズのラバーソウルを手に取った。ノルウェイの森。でも、やっぱり、ビートルズは徹夜明けの倦怠感とはきっと違うと思い直して棚に戻した。朝の眩しい光の中ではなくて、どこか健全とした、同じ徹夜でも、遊んで徹夜だ。ストーンズもそうだ。
「何してるの?」
 あまりにもCDの棚をガサガサしてたので、響が目をこすりながらやってきた。僕は悪戯が見つかった子猫みたいにしゃがんだままその場に固まってしまった。「や、別に」
「寝ないの?」
「ごめん、起こしてしまった」
 響がトイレからでてきて「仕事は?」と訊いた。「終わった」
「寝ないの?」
 僕は、朝のCDを探してたと答えた。響は呆れた顔をして、コップに水を注いで飲んだ。そしてテーブルについて僕が出したままのCDを眺めながら、じゃあ、ボサノバは? と訊いた。
 確かにボサノバはいい。なんだか爽やかになれる気がする。気分だけど。ほらアストラトジルベルトの「おいしい水」なんていいじゃない? と棚から出してCDトレイに入れて響はかけた。
 あがじゅでべべーあばじゅべべーかまら。でゅんばでゅんば、てぃばでゅんばばーば、てぃゅんばでゅんば、なんてちょっと可愛いじゃない。「ジャケ買いだよね。このアルバムは」
「うん」
 でもね、と僕は思った。でもね、徹夜明けって感じじゃないな。
 えー。どっちでもいいじゃないと響。まあ、そうなんだけどね。でも、今の気分には合わないなというと、響は、じゃあどんなのが言いわけ? と訊いた。
「徹夜明け」
 知らないわ。私は、もう一度寝直すねとベッドに戻った。
「おやすみ」
 僕は意地になっていた。棚をもっと引っ掻き回し、僕だけの徹夜明けにふさわしい曲を探した。ゴドレイ&クリームじゃない。マヘリヤジャクソンじゃない。YESじゃない。レッチリでもない。サム&デイブでもないし、チャーリーパーカーでもない。エリントン、ピアソラ、ライクーダー、ヴァンモリソンでもない。フェラクティでも、クラナドでもない。ああ、ロバートジョンソンはちょっと思ってるのと近い気がする。うん、そうだ、すごくシンプルでかつ猥雑で強くて覚醒しているんだけどどこか夢のようで、それでいて、悲しみと楽しみが混じってるヤツだと思って、あるひとつのCDをかけた。

 はじまりはざわざわしてて、やがて唐突に競馬のファンファーレが鳴り響く。そして、どこかで聴いたことがあるようなマーチのようなファンファーレのようなクラッシクな感じのメロディーに続く。二本のサックス、トランペットが複雑に絡み合い、それぞれ別のメロディを吹いてるかのように、タイミングがずれたかのような演奏。でも、それらはひとつのメロディを含んで徐々に複雑になりやがて絡み合ったまま高く高く飛翔する。高速なプレイ、ブロウ、メロディがその中に含まれて一つになっている。
 これだ、と思った。SPIRITS REJOICE。アルバートアイラーの代表曲。
 これぞ徹夜明けに聴くのにふさわしい曲だと思って、12分近い演奏を聴いているうちに目が更に冴えてしまったのに気が付いて、今度は「徹夜明けで眠りにつきたいのに、目が冴えて眠れない時に聴く音楽」を探すはめになるのだが、それはまた、いずれ。 fin

 

ジャケット写真

ALBERT AYLER
SPIRITS REJOICEテーマ部分の試聴
 最近、15年振りに携帯音楽プレーヤーを買って通勤途中に聴いてるのですが、iPod。喫茶店などで書き物するのに邪魔にならないように「歌モノ」をなるべく入れないようにしています。その中に ALBERT AYLER を入れてたら、これが案外朝にとてもいい気分で聴けるので、結構な割合で聴いています。数枚しか持っていないので集めたいなあと思ったりしています。
 ただフリージャズの部類に入るので嫌いな人は嫌いだと思います。

 

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Astrud Gilberto
The Silver Collection: The Astrud Gilberto Album
 当小説コラムのタイトルはこの曲です。でゅんばでゅんばって所がとてもコミカルで好きです。
 今回でこのコラムも終わりになりますが、いずれちゃんとサイトを作って集めて続きを書いていきたいと思っています。というか、Folioの前から考えてたシリーズですので、ちゃんと最後の回のネタも用意してあります。それを書き終わらないとこの二人と離れることができないような気がします。そのうちに、どこかでやりますので見つけたらどうかよろしく。
余話
 今回、先月の台風で水害に遭ったニューオリンズの音楽を取り上げようと思ったのですが、どうも小説の神様が降りてきてくれませんでした。ちょっと無念なのですが、いくつか義援金などのサイトを取り上げさせて頂いて、復興の祈願とさせて頂きたいと思います。ニューオリンズのSPIRITS REJOICEを願って。

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サイキカツミ
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