Tea time with you
お茶しよう、とマキに電話を入れたのはカヨコのほうだった。
「遊びに行くよ、手土産もっていくからね」
電話口で約束したとおり、電車に乗る前にデパートの地下に寄った。買ったのはチョコレートではなくショコラ、ケーキじゃなくマルガーシュ。つややかなダークブラウンでコーティングしたケーキは、余計な飾りがなく、シンプルを通り越してミニマムだ。カヨコにとってそのお菓子は、洋服や靴やバッグと同じ演出アイテムの一部のような気がした。ふわふわのクリームとか、ファンシーな飾りとかとは真逆な自分。マキにまでそんなふうに見られたがっている自分に気づいて、カヨコは軽く溜息をついた。
カヨコとマキは高校時代からの親友だ。ひとりで仕事をつづけているカヨコとは違って、マキは郊外で、ふたりの娘をそだてる専業主婦だ。生き方は違うけど、おたがいに尊敬しあっている、と思う。列車の中で、カヨコはケーキの箱を揺らさないように膝をきっちり固めていた。
日曜日、昼下がりのマンションをたずねると、マキはひとりだった。
「あれえ、家族はどうしたのよ」
「せっかくだから二人でゆっくり話そうと思って、子ども二人ともダンナに預けちゃった。きっとジジババに甘えてるよぉ、いまごろ」
マキはそう言って笑い、カヨコの手土産を受けとると歓声をあげた。
「わーお、お洒落。待ってて、お茶いれるから」
キッチンに向かうマキの後ろ姿は相変わらず軽やかで、可憐だ。マキってば、こどもを生んでから、無邪気さに磨きがかかった気がするわ。カヨコはそんなことを思った。自分が無くしかけているもので、彼女は充たされている、そう思うとせつなくなった。
「カヨコは?あいかわらず忙しいの?」
「うん、なんか昇進しちゃったわよ」
「すごいじゃない。できる女って感じよねえ。かっこいいなあ」
「全然すごくないって。ほとんど、どさくさ。面倒がふえただけよ」
「それでも、すごいよ」
オープンキッチンの向こうからカヨコに笑って見せながら、マキは手際よくお茶を入れた。可愛らしいティーカップがふたつ、テーブルに並んで、カヨコは思わずマキの顔を見た。
カップの中身は柔らかな香りのミルクティー。ショコラの濃いマルガーシュと合わせるなら、深めに淹れたコーヒーの方が合いそうなものだけど。マキって、こういうことには気が利く子のはずだったのに。
とまどいながら、カップを口に運ぶ。丁寧に淹れられた、美味しい紅茶だった。かすかな甘味を追いかけて、はちみつがふわりと香る。一瞬おいて、マキが口をひらいた。
「…ねえカヨコ、昔、ふたりでよく寄道したよね、覚えてる?」
「ん、ああ、神社で?」
高校生の頃、カヨコとマキは毎日のように一緒に帰っていた。近所の神社に寄っては、社務所の自販機で飲み物を買って、石段に腰掛けて暗くなるまでおしゃべりしていた。
「カヨコはね、普段はジョージアだったよね。で、彼氏とうまく行ってるときは、あえてブラック」
「あはは、それは照れ隠しだ」
カヨコは思わず笑ってしまう。あえて真っ黒なケーキを買ってる今の自分も、似たようなもの。見栄っ張りな性格は、昔から変わらないものらしい。
「それで、疲れてるときはミルクティーなの。午後ティーのあったかいやつ」
「…そうだっけ」
そんなの、自分でも意識したことなんかなかったのに。でも、思い出してみれば、確かにそれは事実だった。
「私、今日、ミルクティーって顔してた?」
「うん、してた」
「そっか」
かなわないなあ。カヨコは溜息をついて、ミルクティーを一口すすった。そう、そういうことにちゃんと気が利くのは、いつもマキのほうだった。お互いに、変わったようで、ちっとも変わってない。少しのあいだ、黙って考えて、カヨコはようやく口をひらいた。
「あのね、マキ」
「うん」
「私、会社やめるかも」
これ以上続けてもつらいだけな気がするし、思い切って転職するなら、この歳がぎりぎりだと思うし。うだうだと半年以上考え尽くしていた屁理屈は山ほどあったけれど、結局カヨコは口にしなかった。
同じように少し考える時間が続いてから、マキは、うん、いいと思うよ、と返した。その声はとても優しくて、カヨコはほっと安心する。ああ、結局は、こう言ってもらいたくて、ここまできたんだ。いっきに肩の力が抜けた。
「…マキ」
「ん?」
やっぱり私、あんたのこと、すっごい好きだわ。昔のように抱きつきたい気分になったけれど、その代わりにニヤリと笑って見せた。
「でもあれよね、そうあっさり、やめていいって言われちゃうと、あえてやる気になっちゃうかも」
「それはそれでいいじゃない」
「はは、まあね」
たしかにそれはそれで、オッケーかも。何があっても、マキが変わらず自分に接してくれるなら。大切なともだちに恥じない選択ができたら、多分それは、それでいいんだ。
気持ちが軽くなって、そのあとは他愛のないおしゃべりに花が咲く。ずっとこうしていたい気もするけれど、今日は、これで十分だと思った。カップが空になったのを区切りに、カヨコは勢いをつけて立ち上がった。
「ミルクティー、ごちそうさま。今日は帰るね」
「えー?ゆっくりしていかないの?ケーキ、せっかく持ってきてくれたのに。っていうか、晩ごはん食べてけば?」
「いいよぉ、あした仕事だし」
「仕事ぉ?そんなの辞めちゃえ辞めちゃえ」
「あはは、人がやる気になったそばから、すぐそれか」
ひとしきり笑って、また来るね、と別れ際に約束する。やってることは違っても、またこうしていつでも会える。
必要なのは、お茶しよう、という一言。あとはふたり揃えば、何があってもだいじょうぶ。そんな親友を持てたことを思うと、カヨコは無性に嬉しくなる。見ててよね、まだまだいけるから、きっと。帰り道、自分にそう言い聞かせて、ひとりでに微笑んだりしてしまうのだった。
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Profile
- 茶石文緒
- [comment]創刊から2年間、すごく遠かったようにもあっという間のようにも感じます。小説書かせてもらって、連載のスペースもらって、ホント幸せでした。サイキさんに、編集の方たちに、読んでくださる皆さんに、感謝。
[site]ナイトクラブ
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