Folio Vol.10目次など

7 cards, 6 stories

茶石文緒

3rd

拝啓ヒーローさま

 おげんきですか。ぼくはげんきです。じてんしゃもげんきです。あのときは、ぼくをたすけてくれて、ありがとうございました。
 ぼくはあのひ、ほんもののひーろーを、はじめてみました。ぴかぴかのぎんいろのばいくと、さめのますく。いつもてれびでみるしりーずのらいだーじゃないから、ぼくはさいしょ、うそだとおもった。
 でも、ひーろーは、じてんしゃでころんだぼくを、たすけてくれて、たいやのぱんくも、なおしてくれました。それでもぼくは、ちょっとしんじられなかったので、「ひーろーなのに、てれびにでないのは、なんでなの」と、きいてしまいました。
 「よのなか、てれびにうつらないひーろーのほうがおおいんだぞ」と、ひーろーはいいました。てれびにでるのもだいじなしごとだけど、こうやって、まいにちみちをはしっていないと、ほんとうにこまっているひとのことは、わからないんだって。
 「おおごえで、たすけをよべないひとも、いるんだよ。そういうひとは、こっちから、みつけてあげなくちゃ」
 ぼくは、はずかしくなりました。ぼくも、じてんしゃでころんで、ひとりでないていたからです。
 らいだーは、ぼくのあたまをなでて、きみがわかってくれれば、それでいいといいました。じてんしゃをがんばって、もっとつよくなって、いつかきみも、こまっているひとをたすけてあげてくれ。そうすれば、じぶんがてれびになんかうつらなくたって、かまわないのだと、いいました。
 ぼくは、あれから、じてんしゃをいっぱいれんしゅうして、ほじょりんなしでのれるようになりました。ひーろーにもみせてあげたい。ぼくもいつか、ひーろーみたいなばいくにのりたいです。
 てれびのらいだーも、かっこいいけど、ぼくは、ぼくをたすけてくれたひーろーが、せかいでいちばん、かっこいいとおもいます。

 「ぅをわっ」

 思わず、変な声が出た。目にしたものを信じられずに、ドクンと心拍数が上がる。そのまま振り向いて確かめそうになったが、それでバランスを崩しかけて余計にあわてた。オレはウィンカーを出して、バイクを停める。バックミラーと対向車を確かめてから、ゆっくりUターンさせた。オレの初めてのバイク、先輩に売ってもらった型落ちの250cc。この夏免許を取って、16の誕生日と同時に乗り始めたばかりの相棒だ。
 思わずUターンして戻って来たのは、道路端に停まった一台のバイクに目を奪われたせいだ。乗り手はそばにいない。オレは自分のバイクをすぐ後ろに停めて、じっくりと観察してしまった。
 スズキの1100刀。銀色の車体、そしてカウルには、忘れようもない、にたりと笑ったサメの歯みたいなシール。回り込むと、置きっぱなしのメットにも、同じサメ柄。昔は死ぬほどかっこよく見えたが、今になって見ると、けっこうアホっぽい、かも。
 「これってアレ……、だよなあ」
 オレが6歳の時、初めて見たバイク。ここのちょっと先の公園で、オレを助けてくれた「ヒーロー」だ。あのあとオレは、えらく感動して、ヒーローへの手紙まで書いたのだ。結局、どこに出したらいいのかわからなくて、持て余しているうちになくしてしまったけど。でも、今オレがバイクに乗ってるそもそもの理由に、あの「ヒーロー」の存在が、確かにあった気がする。
 それにしても、あれから10年だぜ。今も乗り続けてるってのか。よく見れば、パーツもタンクもあちこちくすんで、既に立派なポンコツって感じだ。走行距離、86000km。何回日本縦断できる距離なんだ、それって。 
 「すっげー」
 10年という時間と、これほどの距離。オレも同じように走れるだろうか。一瞬、イメージが頭の中を駆け抜ける。喉の奥が渇くようなアスファルトの熱と、それを切り裂いていく、力強く涼しげな後ろ姿。超がつくほど格好いいけど、今のオレには、考えるだけで気が遠くなる。ありえねぇ、と思わず呟いた。
 「悪かったなぁ、ありえなくて」
 いきなり聞こえた背後からの声に、どきっとして振り返る。
 そこには、年は30くらいか、普通に気の良さそうな兄ちゃんが、苦笑いして立っていた。それのために停車していたらしい、手の中に持っていた携帯をぱちんと閉じて、ライダースジャケットのポケットにするっと落とした。
 「どーせボロですよ」
 ぅをわっ、と再び、と胸の中で呟いた。つうことは、これが、ヒーローの素顔か。そうなのか。オレは慌てて言い訳する。
 「いや、違うんす。そういう意味じゃなくて。あのオレ、その」
 しどろもどろになりながら、相手の顔を伺う。なんて言えばいいんだろう。オレのこと覚えてますか、ったって覚えてるわけないだろうし、10年ずっとこのマシン乗ってるんですか、じゃ逆にイヤミっぽいし、このへん地元なんですかったって、東京ナンバーに旅仕様の装備を見りゃ、違うのはすぐわかるし。
 「あ、あのですね」
 「はあ」
 あのときの、ヒーローですよね?
 いっそ、そう聞いてみようか。いやでも、真性のアホだと思われるかも。もごもごしてるオレが面白いのか、「生ヒーロー」は、くくく、と笑い始めた。それを見てるうちに、オレもつい、顔が笑ってしまう。
 「なんなの、君」
 笑いながら彼が聞く。オレも笑いながら、適当に応える。
 「ははは、いや、後輩っす、いわば」
 「後輩?えーと、どっかで会った?」
 「いや、ただの初心者っす。今年の夏、乗りはじめたばっかで。ヨロシクです」
 「あー。こちらこそ、よろしく」
 ハタから聞けば変な会話かもしれないが、まあ、かまうもんか。だって、なんだか、やたら嬉しい気分になる。自己紹介もしないうちから、妙に打ち解けた感じになって、こんなふうに笑い合っている。これって、ヒーローとして選ばれたもの同士の共鳴じゃないのか、なあそうだろ。
 ―――ヒーローかどうかなんて、どうでもいいさ。お前はお前の道を走ればいい。
 ふいに声がきこえた気がして、オレは思わず、振り返る。
 ―――がんばれよ。
 視線の先には、百戦錬磨の余裕を見せるサメのメット。真っ赤な口に、尖った歯。マンガみたいな表情で、ニヤリとオレに笑いかけていた。 fin

Tea Time With You天使のちいさな歯のはなし拝啓ヒーローさまアンティーク 記憶屋1,000,000$月と白鳥

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Profile

茶石文緒
[comment]創刊から2年間、すごく遠かったようにもあっという間のようにも感じます。小説書かせてもらって、連載のスペースもらって、ホント幸せでした。サイキさんに、編集の方たちに、読んでくださる皆さんに、感謝。
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