vol.4

屈折

「変態ね」と私は言った。「拘束されてまでオナニーが見たい?」それから、わざと荒々しく彼のトランクスを取り去った。彼は興奮していた。ひょっとしたら私以上かもしれなかった。「どうして欲しいか言ってみなさいよ」滝本君は無言のまま涙を流した。「泣いてちゃ分からないから言いなさいって言ってるのよ変態」私は彼のものを人差し指で弾いた。「こんなに元気にしてるくせに」私は彼の胸を舐めたり、自分の胸を押し付けたりしながら彼を嬲った。決してイカないように、直接は刺激を与えなかった。
「うう」と滝本君が呻き声を漏らしたので、私は笑顔を浮かべて、優しい声音を出した。「どうしたの? 何をして欲しいか言ってみて。恥ずかしくないから」私の声を聞いた滝本君は、しばらく迷ったあと、消え入りそうな声で「イカせて」と言った。私は首を振った。「イカせてください」と彼が言った。私は優しく笑ったあとに、「嫌よ」と冷たく言って、できるだけ酷薄に聞こえるように笑った。「何で私がアンタなんかの汚いものに触れなきゃならないのよ、変態のくせに」滝本君はショックで泣きながら「だって」と言った。「何で私が拘束されて嬲られて興奮する変態の汚らしいものに触らなきゃいけないのよ」と私は言った。滝本君は「お願いします、お願いします」と繰り返した。私は「手で? 胸で? 口で? あそこで? どこでイカせてほしいの?」と尋ねた。滝本君は黙った。
 私は彼から離れて、床に座った。そのまま自分で広げながら言った。「入れたいなら入れたいっていいなさいよ。入れさせてくださいって言ってみなさいよ。僕の汚いものを入れてくださいって、情けなくお願いしなさい。変態の僕のものをイカせて下さいって泣きなさい。そうしたら入れてあげる」私がじっと見つめていると、滝本君は言った。「入れさせてください」
 そろそろ限界に近かった私は立ち上がり、彼に近づいていった。そのとき、彼の目が大きく開いた。視線は私には向いていなかった。私の後ろにある何かを、彼は見ていた。私の後ろに何があるのだろう。不審に思って振り返ると、そこにはあの女がいた。どうして彼女がここにいるのか、私には全く見当もつかなかった。「助けにきたよー」と女は言った。
「江川さん!」と滝本君が叫んだ。おかしいな、これは彼の姉だったはず。江川では名字が違う。それより、江川という名字は。そんな下らないことを考えていると、江川はにこやかに笑って、私の背中を思いっきり殴りつけた。バットで。私は情けない呻き声を漏らして、その場に倒れこんだ。
「生徒を監禁してSMごっこですか、橘先生」江川は辺りを見回した。「それも、初めてじゃなさそうですね」
 私は激痛で何も答えられなかった。女は滝本君に「少し待ってね」と言ってから、私の手足を縛り始めた。縛るのは慣れていた。けど、縛られるのは初めてだった。裸のまま、同姓に縛られている。屈辱で死にたいほどだった。
 私は自分の行動を思い返していた。どこにも落ち度はなかったという自信があった。駅で滝本君に出会い、学校へ向かい、二人きりの補習を終え、帰ろうとする滝本君の背中を見つめた。補習の最中、滝本君は江川とのランチを楽しみにして、幸福そうな表情をしていた。そして私は決行を決意した。ここまではいい。二人きりの補習ということも、滝本君には事前には伝えていなかった。怪しまれたとしても、それは学校へ来てからだ。江川がそれを知る術はないはずだった。
 私はわざと補習の終了時刻を遅らせて、滝本君が近道を通るように仕向けた。それから昨日から学校に置きっぱなしにしておいた自分の車に乗って、駅への路地まで先回りした。朝、滝本君に声をかけようか迷ったのはこのせいだ。私が自動車通勤していると滝本君が知っていれば、今日に限って電車通勤をしたことに不審を抱かれるかもしれなかった。けど、私は滝本君と朝の挨拶を交わし、ともに学校へ行くという誘惑には勝てなかった。しかし、これも結果的には問題なかったはずだ。
 生物教師という立場を利用して手に入れたクロロホルムを使って、滝本君を拉致した。そのときの現場を見られたのだろうか。いや、その可能性も低い。辺りに注意を払っていたし、見ていたのなら普通は現場で取り押さえるはずだ。いや、そもそも何かがおかしい気がする。
「どうしてここが……」とにかく、私はそれだけ呟いた。息を吸い込むと、まだ背中が痛んだ。
「最初から知っていましたから」江川はしゃあしゃあと言った。「私は滝本君の姉ではなく、隣人です。職業はね、興信所の所員。職業柄、あまり人には明かしてませんけどね。とある依頼で、先生のこと調べさせていただきました。たまに先生の受け持っている男子生徒に異常が表れることなんか、すぐに分かりましたね。およそ一年周期ですか。それもその異常――被害者と言いましょか――はね、大抵は整った顔立ちの男の子なんです」
 ある程度の情報はあったとはいえ、苦労しましたよ、と江川はため息を吐いた。私は信じられない思いをしていた。警察にもバレなかったのに、何故こんな小娘に捕まってしまったのだろう。それに、依頼者の正体も気になった。監禁した生徒には、家族にも口外しないように徹底的に脅しをかけていたのに。それで今までは上手くいっていたのに。
「大方、高校教師という職業も若い男の子の近くいられるから選んだんでしょうね。全く、どっちが変態なんだか分かったものじゃない」江川は首を振った。今の発言の何かが、私の心に引っかかった。けれど、それがなんなのかは分からなかった。「あなたを徹底的に調べ上げるとね、お金持ちで無駄のないあなたのお父さんが、どうしてかこの廃屋の土地だけは活用してないことが分かった。忍び込んでみると案の定ですよ」江川は汚いものを見るように、辺りに用意した道具を見た。「変な仕掛けがたんまり。けれど、その時はどれも埃を被っていた。継続して調査してみると、一週間前からここに先生が出入りするようになったんで、そろそろ時期かなと踏んだんです。そこで、滝本君には悪かったんですが、こうして罠を仕掛けさせてもらったんですねー」
 誇らしげに江川は解説を終えた。私はただ黙って俯いていた。何か、この女の話には納得のいかないところがあるような気がしていた。それを考えている。どこがどうおかしいのか、私は必死に考えた。
「そうそう、朝あなたに会ったときには驚きましたね。あなたが昨日、学校に自動車を置いていったから今日の企みは分かっていましたけど、まさか駅で会うとは思いませんでした。あのときは平静を装うのに苦労しましたよ。笑顔が引きつりそうでしたから。だって、私の前にいたのは変態のS女なんですからね」江川はケラケラと笑った。「だからこそ、簡単に罠が仕掛けられたんですけどね。あなたが滝本君を襲うとしたら、今日ほどいい条件はないでしょうし」
 そこで、私は江川の矛盾に気がついた。「だったら」と私が抗議の声を上げようとしたとき、私の口には白い布が当てられていた。江川の手によって。嗅ぎ慣れた匂いがした。それがクロロホルムだと気付いたとき、私はもう眠っていた。

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