不思議の世界

ヤマグチ

第四回

伊坂幸太郎 『重力ピエロ』

重力ピエロ
表紙
伊坂幸太郎〔著〕
新潮社〔337P〕
ISBN:4104596019
本体価格: \619
発行年月:2003.4
→Amazon

「本当に深刻なことは陽気に伝えるべきなんだよ」

作中で語り手の弟がふと紡ぐ台詞である。また、この台詞こそが『重力ピエロ』のおそらくコンセプトととして受け取られるべきものだろう。そして、この台詞だけが作者の主張なのに違いない。

できるならば、あらすじを書きたくない。僕如きがこの小説のあらすじを書いてしまうと読者の何人かに誤った先入観を植え付けることになってしまいかねない。だから、まず書いておく。『重力ピエロ』は決して暗い物語ではない。それがこの文章の大前提である。

語り手である泉水(いずみ)の一人称で物語は進む。ミステリとしてみれば、頻発する連続放火事件と落書き事件、遺伝子問題。その関連を調べるという側面を持っている。しかし、どう考えてもこれはそんな単調な物語ではない。

単調ではないが、単純ではある。兄である泉水の目から見た弟の春(はる)についての物語だ。この春という青年、珍しいほどの美貌の持ち主であり、少々エキセントリックな一面を持ち、強姦魔の子供である。したがって、主人公とは半分しか血が繋がっていなく、父との血縁はない。

今回、Folioの特集テーマは「エロス」である。『重力ピエロ』の主題には、強姦魔の子供という不幸を背負わされた春による「生と性の関係」がある。ここで断っておきたい。決して暗くない。重くない。伊坂の筆運びはどこか滑稽味さえ帯びている。しかし、軽くない。

血のつながりなんて関係ない、大切なのは心だからだ。そんな安易な結論は嘘ばかりで結局なにも生み出さない。だから、伊坂も登場人物もそんな嘘には逃げ込まない。能天気さはなく、グチグチと人物が悩むいたずらな暗さもない。

それは、登場人物がそれぞれ結論しているからだろう。悩んでいないわけではなく、悩むべきことをしっかり認識している強さがそれぞれにある。父、兄、弟の三人の人間味の、なんと厚いことか。だから台詞が軽妙でもどこか心に染みるし、単純に楽しくもある。

父は癌に侵されており、弟は強姦によってできた子供。どう考えても暗い。重い。けれども、物語は独特の純度を保ちながら進み、最後にしっかりとした結論までもが提示される。家族愛、性、生、血。選ばれたテーマの深刻さに関わらず、伊坂の物語は陽気を忘れない。なぜなら、伊坂幸太郎は知っているからだ。

「本当に深刻なことは陽気に伝えるべきなんだよ」

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どうしてポストは赤いのか。どうして空は青いのか。どうやって子供は生まれるのか。

幼児時代は全てが不思議でした。今でも不思議で仕方がないこと、知りたいことなどは沢山ありますが、それでも昔に比べると色んなことを学びました。1+1は2だし、1−1は0だし、5673×98762はとても大きな数になります。

僕たちは不思議が大好きでした。いえ、今でも大好きなはずです。謎や神秘は僕らの中で永遠のアイドルなのです。

謎、神秘。つまりミステリーです。僕らは生まれたときからミステリーが好きだったのです。そういうことで、ここは生まれて間もない赤ん坊並の知能しか持たないミステリー初心者のヤマグチが、偉そうに知ったかぶりを全開にして、皆さんにミステリーをご紹介するコーナーです。