不思議の世界

ヤマグチ

第三回 人を惹きつける不思議

藤原伊織 『テロリストのパラソル』

テロリストのパラソル
表紙
藤原 伊織〔著〕
講談社文庫〔387P〕
ISBN:4-06-263817-7
本体価格: \619
発行年月:1998.7
bk-1 で詳細を調べる

江戸川乱歩賞と直木賞の史上初ダブル受賞作。あまりにも有名な作品を題材に選んでしまったと反省している。色々な方から色々なツッコミを受けるだろうことを覚悟して書いていきたい。

さて、アル中のバーテンの話である。過去に罪を犯した主人公は、二十年以上ひっそり暮らしていたが、新宿中央公園での爆破テロに遭遇してしまい、表舞台に引きずり出される。テロの周りに蠢く陰謀、犯人は誰か。そして、主人公の元には奇妙なヤクザと昔の恋人の娘が次々と現れる。

話の構成は悪くない。ただ、まとまりが良すぎてどうにもインパクトにかける。ラストもいささかミステリーらしくはない。大筋としては惹き付けられるようなものではないと言って良いかもしれない。しかし、この作品は非常に魅力的である。僕は都合三度ほど読み直したが、読むたびに印象が良くなっていく。これはおそらく文章とキャラの効果だろう。

一読目は筋を追うことに熱中してしまい、細部まで気が行き届かない。これは実は、作者の文章が非常にテンポ良く読めることに拠るところが大きいのだが、読むのに夢中になってしまうとそのことにさえ気付かない。一読目からじっくり読む人には早くからこの作者の魅力がわかるかもしれない。

文章が軽妙である。会話にもそこそこの色気がある。主人公の一人称で進むのだが、心情が押し付けがましくなくサラリと読めてしまうのが特徴だろう。一人称であると主人公に感情移入して気分が盛り上がっていくものだが、この作品はそうはならない。これは確かに一種の欠点でもあるだろう。しかし、それ以上の利点がある。これは不思議なことだ。

主人公の一人称でありながら、主人公の心情があまり伝わってこないのが非常に良く機能している。描かれるのは「行動」と「決定事項」のみで、読者に思考回路やその段階を提示しない。決断力と行動力のある、ヒーローを描くには最適の方法だろう。だから、一人称でありながら視点は常に主人公と同列ではなく、その後ろにある。読者は主人公の背中を追いかけるのだ。これぞハードボイルドである。

この作品の魅力はここにこそあるのではないだろうか。淡白な文章の中にある主人公の落ち着いた決意が、逆に読者の興味を誘う。句点がやたらと多い文章は、迷いを感じさせない。重要な決断を下すときでさえ迷う素振りすら見せずに一人で突っ走っていってしまう。脇を固める人物の深さはもちろんだが、何よりもダメ人間なはずの主人公の男らしさが人を惹きつける。

全ての文章に鮮やかな色があって、非常に上手い。キャラを生かす、読者を惹きつける魅力は、その文章にある。ただ作者が書いているはずの冷たい視線を、キャラの特色と上手く融合させることで効果を生み出す。この不思議な効果を最大限に発揮したのが本作なのだと僕は考えている。

 

 

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どうしてポストは赤いのか。どうして空は青いのか。どうやって子供は生まれるのか。

幼児時代は全てが不思議でした。今でも不思議で仕方がないこと、知りたいことなどは沢山ありますが、それでも昔に比べると色んなことを学びました。1+1は2だし、1−1は0だし、5673×98762はとても大きな数になります。

僕たちは不思議が大好きでした。いえ、今でも大好きなはずです。謎や神秘は僕らの中で永遠のアイドルなのです。

謎、神秘。つまりミステリーです。僕らは生まれたときからミステリーが好きだったのです。そういうことで、ここは生まれて間もない赤ん坊並の知能しか持たないミステリー初心者のヤマグチが、偉そうに知ったかぶりを全開にして、皆さんにミステリーをご紹介するコーナーです。