おいしい水

サイキ カツミ

第三話 ツツジの生け垣

Tomorrow the Green Grass
The Jayhawks
CDジャケット
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響が一生懸命ピアノを練習してるのでどうしたのかと訊くと、「友人の春美が結婚するのよ」という。

どうやら披露宴でピアノを弾いてくれと頼まれたらしい。でも今更「乾杯」とかではないだろうし、じゃあ、そのコが好きだった曲とかじゅあ駄目かいとかいってみたけど、響はあまり覚えがなくって困ってるのよと答えた。高校生の頃の友人なので音楽とはあまり縁がない生活をしてたようで、これといって響に思い当たる節は見あたらないようだった。

とにかく響はバイトに行かねばならないので、僕らは響の部屋を出た。僕は家にかえって仕事がある。httpとjavaとかそんな仕事だ。駅までの道のりを歩きながら、ツツジがずらっと一列に咲いている生け垣があって、真っ白のツツジのなかに一株だけ赤いのが混じっていたのだろう、その一角だけが赤く寂しげに咲いていたのだった。
「仲間外れだ」とどちらともなくいって響が続けた。
「一面同じ色っていうのも作り物みたいでいやねえ。でも一つだけ赤いのも寂しい」
「たぶん植木屋が間違ったのだろう」
「でも咲いていないツツジの株植えるのって、どっちが赤いのか白いのか分からないじゃない?」
「確かにそうだ」

僕らは駅で分かれて、家にかえってファックスの山を整理して、パソコンの電源をつけて仕事している間にもそれが引っかかり続けた。

電話が鳴った。仕事の電話だと思ったが、友人の大西というヤツからだった。

久しぶりだな、と挨拶をすると「佐山と黒川が結婚するぜ」という。

まったくどいつもこいつも、と愚痴を垂れると(実際参加するのも金がかかる)、俺達でなんか弾いてやらないか、と言い始めた。面倒だよと答えたけど、朝の響のことを思い出して苦笑した。
「なにがいい?」
「そうだな」

と、大西は一呼吸考えて「じゃあ、明後日ぐらいに、また電話する」と一方的に切れた。

まったく、と僕は呟いた。

 

夜、響がやってきたときには僕は十分テンパッてて、ずっと鳴らしたままのCDのことなんか忘れていた。

玄関が開く音が聞こえたと思うといきなり、響が声を上げたので、びっくりして訊いた。
「なんだよ」
「これこれ。これよ」

響はコンポのところに飛び寄ってCDを掲げた。これよ。これ。

なんのことはない、響の友人が以前、響の部屋にきて、それをかけながら昔の振られた男のことを想って泣いた曲だった。あまりにもそれを繰り返して聴くので響はその友人にCDをあげたのだった。
「ここにあるとは思わなかったわ」
「いいのか? そんな思い出の曲を弾いて」
「いいのよ。だって今の旦那になる人とはこの後、すぐに出会ったのだから」

美しいコーラスと徐々に盛り上げて行くエレキギターの音が切なさと悲しみと喜びを一緒にしたようで、いろんな感情が思い出されてくる。
「どうしても帰ってくるような曲ってあるよね」

と響はそれを聴きながらいった。

僕は仕事に頭を戻さねばならなかった。一人残されたような気分で僕は机に戻ったが、なにを弾いてやればいいのか迷うのは僕の番だった。

ご機嫌な響の鼻歌が聞こえた。まいったなあ。

 

The Jayhawks

80年代後半に結成。ミネアポリス出身。インディーシーンにて活躍した後、92年に「Hollywood Town Hall」でメジャーデビュー。バーズやCSNに似たのカントリー風味を身上として、オルタナカントリーの草分け的なロックバンド。

ゲイリー・ルウリスとマーク・オルソンの美しいメロディのボーカルハーモニーが好評を博したが、95年にマーク・オルソンが脱退。その後、レーベル移籍、よもや解散かという噂まで流れ、数年の迷走期を経たの後、当初の持ち味である、ボーカルとメロディを取り戻した「Rainy Day Music」(2003年)で往年のファンを泣かせて復活。再び美しいアルバムを届けてくれた。「Rainy Day Music」は傑作。ボーカルハーモニーが聞けた時期は、ビートルズのようだという人もあり。僕はビートルズよりThe Jayhawksのハーモニーの方が好き。

ラムちゃんファンで有名な(?)マシュー・スイートと親しいようで、「Rainy Day Music」にも参加。今年、マシューが数人の仲間と組んだバンドの「The Thorns」というアルバムで、「Tomorrow the Green Grass」の一曲目、「Blue」が取り上げられている。シングルカット(のB面だったと思う)されたので、ラジオなどで耳にした人もいるかも知れない。

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