vol.4

SCHOOL EROTICA

美術室 女ともだち
 アリスは親友のルルに会いたくなって美術室に向かう。恋人以外の男の子と遊んでしまったときは、なぜかきまってそうせずにいられない。
 ルルはひとりで黙々と油彩画を描いている。絵を描いているときのルルがアリスは大好きだ。抽象的で不安定なものに全てを捧げてしまった女。その姿は無防備で、細く透明な糸の上で綱渡りをしているように危なっかしい。
 もしも自分が男で、彼女を一瞬でも現世に引き戻すことができるなら、どんなことだってするだろう。アリスはルルを見るたびにそう思うけれど、実際にはそれは叶わない。ルルに近寄る事を許されるのは女の子だけ、しかも今のところそれは、アリスひとりの特権だ。
「遅いじゃない、アリス。モデルが来なくちゃはじまんないよ」
「ごめんね」
 アリスは小さな声で謝り、何も求められないうちに制服を脱ぎはじめる。胸元のリボンを解き、ボタンを一つずつ外していく。あまりにも静かで、衣擦れの一つ一つが克明に聞こえすぎる。アリスはブラウスを脱いだところで、思わず手を止めた。
 ルルは黙ってアリスを見つめている。胸元に繊細なレースの花を散らしたキャミソール。ルルは絶対にこんな下着はつけない。彼女が選ぶのは、いつも限りなくシンプルなものばかり。アリスは大人っぽいと言って憧れるけれど、その美しさはむしろ鎧としての機能性であって、甘く誘いかけるようなニュアンスなどかけらもない。
 ルルは男が嫌いだ。彼女が欲望を覚えるのは、自分には到底なりえない、無邪気と媚と危うさで造られたような女の子だけ。砂糖菓子を愛でるような溺愛と、粉々に砕いてしまいたいサディスティックな衝動が交錯する。
「アリス、可愛い」
 ルルは独り言のように声を漏らして手を伸ばす。アリスの背中に手を回してブラのホックを外し、するりとキャミソールごと抜き取ってしまう。それは二人だけの神聖な手続き。ルルは長い長い絹布を手に取って、アリスの素肌に纏わせていく。ルルの手は魔法の手。ある場所は解け落ちそうなほど緩やかに、かと思うと絞るように強く引く。まるで全身を纏足にかけるように、アリスの骨格をイメージどおりのポーズに固めていく。
「いい感じ。鏡、見る?」
「うん」
 向けられた姿見の中にいるのは、肌に溶けそうな褪紅色の衣を纏った堕天使。わずかに苦みを帯びた色合いの絹地は、鮮血を練り込んだ生クリームのよう。とろりと溜まった襞の中に、手足を絡め取られて動けないアリスがいる。
「あんたはきれいよ、アリス。大好き」
 ルルはイーゼルに向かい、滑らかに溶いた絵具を筆先に絡ませる。それを画布の上に載せ、まるでアリスの肌そのものを潤すように筆を動かす。
「動かないで」
「わかってる」
 弓のように背を反らせたまま、小さな声でアリスは応える。柔らかな布は意外に芯が強く、きつく交差させると決して緩まない。アリスが身じろぎすると、細い糸が軋み、それ以上の身動きを無言で禁ずる。
 なんて可愛い生贄。声に出さずにルルは呟く。まるで夢魔に犯される処女のよう。寝台には誰の姿もないのに、身体の上を見えない手が這い回り、心に秘めていたはずの卑猥な想像を暴き出していく。身をよじっても、声を上げても逃れることはできない。
 淫らな夢魔はルル自身。カンバスの上でならアリスを自由にできる。幾重にも筆で愛撫するうち、その肌は複雑に色づいていく。首筋から鎖骨へと繋がる一刷毛は、ルルがそこに舌を這わせるのと同じ。ゆるく開いた腿の隙間に淡い影を落とすのは、ルルの手を差し込んでやさしく探るのと同じ。次第に上気してくる唇と乳首に鮮やかな紅を。汗ばんで光を受ける胸元には白のハイライトを。自分が塗りたてる色香にルルは酔う。生身の恋人に抱かれているアリスに興味はないけれど、こうしている姿ならいつまでも眺めていたいと思う。
「すごくいい。ほんとにきれい」
 感情が高ぶると息が苦しくなる。筆をナイフに持ち替えてカンバスに突き立ててやりたいほどのいとおしさ。ルルは何も言わないけれど、それはアリスにも伝わってくる。アリスは実際のところ、ルルが思うほど幼くはなくて、愛に関してはむしろ多くを知っている。ルルが自分に何をしたいのかも、こんなに純粋な熱病がいつまでも続きはしないことも、ほんとうは全部わかっている。
 いつかルルは、アリスを抱き飽いた人形のように捨てるだろう。それは、初めて男がルルの心を奪うとき、あるいは、本気でルルに抱かれたがる女の子が目の前に現れたとき。ルルは夢の世界から現実へ踏みだし、美しい幻想を封印するだろう。
 でも、今はまだ、そのときじゃない。それまでは、あたしが、こうしていてあげる。アリスの唇に仄かな笑みが浮かび、眼差しに恍惚とした霞がかかる。ふたりの少女は、仄暗い繭の中で夢を紡ぎ続ける二羽の蝶。周囲の全てを遠ざけて、スピリチュアルな欲望を交わし、純粋な蜜の甘さを分かち合う。

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