不思議の世界

ヤマグチ

第五回

福井晴敏 『終戦のローレライ』

終戦のローレライ
表紙
福井晴敏〔著〕
講談社〔453・597P〕
発行年月:2002.12
→Amazon

ミステリを紹介するはずのコーナーであるここで取り上げるには少し気後れを感じる。これはミステリえはなくて冒険小説なのだが、あえて紹介したい。

さて、内容である。時は太平洋戦争終結間近。日本軍に「あるべき終戦の形」をもたらす兵器「ローレライ」を巡る潜水艦乗員たち。当然、潜水艦についての話であるから技術関係の小難しい用語が連発される上、文章に癖があって読みにくいが、辛抱して読み進めていただきたい。

戦争の話であるが、アニメである。作者の福井が無類のガンダム好きであることは有名な話であるが、本作もなかなかにアニメチックである。ただ、アニメだから時代考証が弱いわけではなく、アニメだから展開が読みやすいわけでもない。人物はそこに生きているし、そこで死んでいく。だからこその物語だろう。

ある一つの集団が、ある一つの目標へ向けて、まさに一丸となって前進する姿に、感動を覚えない読者は珍しい。誰かが何かに一生懸命になっている姿をシニカルに見つめるような人間であっても、やはり集団が戦う姿には感動するはずである。言うなれば、この本を読んでいるときの感覚は、オリンピックやワールドカップで母国を応援したくなる気持ちに似ている。

登場人物を応援したくなる。それは背景にある状況や、長い物語の中で十分に伝わってくる人物の息吹きや、彼らの懸命さによって初めて起こり得る、得がたい感情である。ここに出てくる人物は決してキャラではなく、物語のための駒でもなく、人間なのだと感じさせてくれる。

彼らに物語が与えられたのではなく、彼らが物語になったのだとさえ言っていいかもしれない。福井の筆によって描き出される人間は、紙の上にしか存在していないにも関わらず、三次元の血肉を持って読者の心に迫ってくる。彼らの流す血や汗や涙が、行間からにしっかりと感じられる。決して薄い紙上の人間ではなく、質量を伴った暖かい人間である。

極まったシチュエーションで、それぞれが決断を迫られる人物たち。その彼らの決断がことごとく格好いいのである。実際にあの時代にそのように格好のいい人間がいたのかと問われれば、経験をしていない僕にはわからないし、福井だってきっと知らないだろう。だが、『終戦のローレライ』という長編小説の中においては、彼らは確かに生きていた。

確かに潜水艦の、兵器の、そして戦争の話ではあるが、描かれているのはそこに生きた人間たちの生き方であり死に方であり、生き様である。その熱気を是非、文字から紙から行間から、じっくりたっぷりしっかり味わって欲しいと思う。

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どうしてポストは赤いのか。どうして空は青いのか。どうやって子供は生まれるのか。

幼児時代は全てが不思議でした。今でも不思議で仕方がないこと、知りたいことなどは沢山ありますが、それでも昔に比べると色んなことを学びました。1+1は2だし、1−1は0だし、5673×98762はとても大きな数になります。

僕たちは不思議が大好きでした。いえ、今でも大好きなはずです。謎や神秘は僕らの中で永遠のアイドルなのです。

謎、神秘。つまりミステリーです。僕らは生まれたときからミステリーが好きだったのです。そういうことで、ここは生まれて間もない赤ん坊並の知能しか持たないミステリー初心者のヤマグチが、偉そうに知ったかぶりを全開にして、皆さんにミステリーをご紹介するコーナーです。

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