(百年前、その小説家が言いたかったことをわたしが要約するとこう、恋は人を夜叉に変える。)
一、赤樫満枝
自分が寝ているのか覚めているのか分からない日々が続いている。頭の中を一つのことが支配して、そのことだけが色彩を持って現実に思える。その他のことは何もかもが夢の中の出来事のよう。夢というよりはむしろ悪夢。二つの目で見えている範囲がぐねぐねと変化して、歩いていても人と喋っていても本当に自分の足が動いて自分の口から声が発せられているのかあやしいような気持ちになる。今までは気にもならなかった他人の目が、全部の皮膚に纏わりついて何をするにも億劫で心細い思いがする。こんな気味の悪い状態は初めてだ。どんな難しい仕事も困難な出来事も、寝て起きてしまえばスウィッチを切りかえたようにさっぱりと気持ちが替わっているのが常だったのに、今度のこの悪夢は、寝ても覚めても、夜になっても朝を迎えてもしつこく終わることなく私を支配し続けている。こうして横になっていると他に気を配る必要がないものだから、いっそう頭は冴えてあのことばかりが再生されるのだ。
――間貫一。
あの男のことが始終頭から離れない。赤樫の臭い息と厭味な小言に黙って我慢していれば、ふとあの人は今一体どこで何をしているだろうかと思いを巡らせている。着物一つ残っていない惨めな家を尋ねて行って、あと少しだけ待ってくれと必死に懇願するのを「お約束はお約束です。もう今日は待てません」と笑顔で宣告するとき、あの人なら、私と同じ商売をしている間貫一ならどんなふうにどんな声でこの仕事を取りしきっているのだろうと、いつの間にか思いを馳せている。通りを一人で歩いていても、ばったりあの人と出会わないだろうかと辺りを見回すものだから落ち着きがない。にこりとも笑わないあの男の顔が私のまぶたの裏に貼りついてしまって、目をつむれば常に顔が浮かぶ始末。私らしくもない。この間なんか、仕事中にぼんやりして大事な証文を取り損ねたものだから赤樫に酷く叱られた。あの年寄り。私を杖でぶった。最近は私の方が稼ぎがいいものだから始終恨みがましくあてこすりを言っているが、それだけでは気がすまないのだろう。失敗を良い機会とばかりにかさかさの顔を紅潮させて、唾を飛ばして私を言葉で杖で責め上げた。あの時、私は、情けないような自分が憐れなような気持ちになって、あの男の前で涙を見せてしまった。ああ、気にくわない、あの恥ずかしい場面を切りとって燃やしてしまいたい。
赤樫が私に与える、屈辱。このざま。夫婦とは名ばかりで、この私は赤樫の情婦ですらない、畜生の扱いを受けている。主人と奉公人、いやもっと酷い。主人と奴隷、もしくは馬牛のごとき扱い。赤樫の、もう何十年も前からずっとジジイでいるようなかさかさの干からびた頭蓋骨と体の中には皺だらけの手垢まみれの札束しか詰まっていない。あの男の体の中を流れているのは血液じゃなくてマネイなのだ。赤樫の体を作っているのは骨と皮と肉ではなく、札束と証文と金なのだ。数年前、父の借金のかたに私をさらった赤樫は私を妻にし、それから今まで私を奴隷のように働かせている――高利貸しとして。
人の弱みに突け込み、情を食い物にし、自分で食い余るほどの金をむさぼり尽す、それが高利貸しだ。高利貸しは畜生よりもたちが悪い。なにせ人を食うのだから、鬼だ。夜叉だ。高利貸しの私は女夜叉というところか。その女夜叉が惚れた相手が同じ夜叉の貫一なのだから、世間に知らせてやったらこれ以上の面白いことはないだろう。
眠れない。私は起き上がって、ついと障子を見るのだった。月の光が障子を通して薄く白く燃えている。月が明るくて昼のようだ。不釣合いに恋の花を頭に飾った女夜叉の醜い姿が白い光の中に浮かびあがる。なんとみすぼらしい正体だろう。貫一は、私がどんなことをしても決して心を開いてはくれない。私はきっと嫌われているのだ。なんて惨めなんだろう。私は体から魂が離れて自分を外側から眺めているかのように、自分がいかに滑稽で惨めな姿なのかありありと見えている。分かっているのだ。分かってはいても、それでも、私の頭の中からは貫一が離れない。私は貫一に近づくことを止めることはできない。そして私は自分で自分を惨めで滑稽な女にずんずん辱めて落としていく。なぜ、あの人は私に目もくれない? 私が高利貸しだからか? せめてほんの少しの情でいいのだ。雀に餌をやるくらいの情を私に分けてくれさえすれば。
月の光が目を差し貫く。固くまぶたを閉じると、貫一の仮面のような顔が私の額の上に浮かびあがるのだった。その貫一の金属のような冷たい目玉。私はその目に本気で怯えて唇を噛む。ああ、貫一は心の底まで夜叉なのだ。恋やら色やらそんな人心地のする感情を持たない完全な夜叉。私は一体どうして彼に惹かれるのだろう? 心の無い夜叉に。感情を持たない夜叉を相手に、思いをぶつけずにはいられないのはどうしてだろう。迷惑な顔をされて身が切り裂かれるような思いをしてまで彼にまとわりつかねばならないこの私は何だ?
いっそのこと、こんな苦しい思いをしないで済むように私の心も完全に夜叉となればよかったのだ。何て思いどおりにならぬ浮世。私はきっと、あの手もふさがれこの手もふさがれ悲嘆にくれて、火のような恨みを込めた目で睨み唇を噛む“客”のような表情をしている。その“客”の前で涼しい顔をして微笑んでいるのは誰? 全てを仕組んで相手が転落して行くのを笑って眺めているそいつは。
いっそ、あの人を殺して私も死んでしまいたい。
二、間貫一
この世から音が全く消えてしまったような思いがした。しばらくの無音のあとで、どこともつかない遠くで犬の鳴く声がした。それから空高く鳥が一声鳴いた。その瞬間、俺の魂は遠くへ天へ飛んで行くような気がしたのだが、パチリと弾ける木切れの音が、俺を地上に連れ戻した。もう一度、パチリ。木切れの爆ぜる音が乾いた空気にヒビを入れる。地上に連れ戻され我に返った俺の足には、平生どおり見えない鎖が巻き付いていて、魂まで一緒に地に繋ぎとめているのだった。どこにも行くなよ、と鎖が俺を見上げて嫌らしく仲間笑いをした。俺も唇の端を持ち上げて微笑み返す。俺はどこにも行けないし行かない。それはお前に言われなくても分かっている。
膝丈ほどに成長した炎が伸びあがり手招きし、俺を呼ぶ。足を踏み出し、もう一歩炎に近づく。熱くはなかった。俺の体は不思議と熱を感じないのだ。俺の体は灰色の雲に覆われた今日の冬空よりも冷え冷えと凍えて固まっている。その俺に比べて、揺らめき形を持たぬ熱き炎のなんと妖しいことだ。火よ、一時も同じ形を留めず手を広げ体を縮め天へ伸びあがる炎よ。お前は怒っているのかそれとも悲しんでいるのか。その熱はどこから生まれている? 俺にもその熱を生み出すことは可能なのか? 炎は返事をしない。その代わりもっともっとと食い物をねだる。炎は形有るものを食い尽くさずにはいられない。他を食わねば自分が消えてしまうからだ。熱を発し舐めとるように形のあるものを溶かし、自分の養分にして巨大化する。
(ほら、この汚らわしき手紙をくれてやろう)
指の力を緩めると、ぱたぱたと白い帯が広がって行って風に舞った。その帯を我先に掴もうと、炎の集団が一斉に手を伸ばす。食物にたかる餓鬼の群れ。餓鬼の一匹が帯の端を捕えて、赤い舌で帯を舐め取った。見る間に黒い煙が上がり、帯を炎が駆け上る。炎は手紙の端を伝い、俺の手に近づいてくるが、炎が手に触れたところで、俺はようやく手を離した。炎は俺の手から引っ手繰るように手紙を奪った。炎が獲物を貪り食う音だけが庭に響き渡っていた。
手紙は、六年前、俺の信頼と愛とを裏切って金持ちの元へ嫁いだ不貞の女からだった。どうして手紙などよこすのか。今更、あの女の言葉を聞くつもりはない。たとえどんなに悔いていようが泣いていようが、彼女はもうあの頃の清らかな宮ではない。六年前、貫一が愛した宮ではないのだ。金のためにダイヤのために我が身を売った穢れた女だ。許婚の俺を捨て、富山唯継の元へ走った売女だ。
炎の中から白くか細い手がにゅうと現れて震えながら助けを呼んでいる。俺はその白い手の黒く焼け爛れて行く様子を黙って見守る。何も感じない。汚れた手だ。その手をどうして六年前のあの日に差し出してはくれなかったのか。手は力なく炎に飲まれ、見る間に灰に変わり炎の熱気で空へ舞い上がった。灰なのか雪なのか、天からはハラハラと白い粉が降ってきていた。
これで三日目。あの飽きっぽい宮にしてはなかなかの執念だった。明日も手紙は来るのだろうか。だが何日何回続けて来たところで、こんなふうに炎の餌食となるだけだ。
炎は浅ましく飢えていて貪欲だが、その飢えは全てを焼き尽くし浄化してくれる。鰐淵も炎で焼け死んだ。狂った老婆が家に火をつけたと聞いたが、実のところ鰐淵の炎は鰐淵自らの内から出たものかもしれない。借金の証文の束だけは焼け残ったのが何とも鰐淵らしいではないか。俺も、この俺もいつかこの炎に焼き尽くされるかもしれない。だが、一人の女の裏切りのために高利貸しにまで身を落とした俺の愚かさは、何千度の高熱をもっても浄化されるものではあるまい。俺の愚かさだけが焼け残る。黒くてぶよぶよの腐臭の塊だ。それが俺の本体だ。想像すると可笑しいような気がして、俺は唇の端を持ち上げた。
「焚き火ですか? 私もご一緒させてくださいませ」
聞きなれた涼しい声に顔を上げると、開きっぱなしの裏戸の向こうに満枝が立っていた。俺の顔は明らかに迷惑そうに顰められたはずだが、満枝は遠慮もなく庭へ入ってきて火の側に寄る。
赤樫満枝。
女高利貸し。整った涼しい笑顔からこぼれる言葉に幾人もの正直な貧乏人が震えあがり苦しめられていることだろう。この女は美しかった。美しいだけではなくそこらの男がたじろぐような強い、意思を内に秘めた気丈な女だ。炎に照らされた満枝の顔が赤く妖しく揺らめく。なぜ、高利貸しなどやっている? ……哀しい女だ。そしてこの女の最も哀しい所以は、心の無いこの貫一にまとわりついているということだ。
「何か急ぎの用ですか? 人の庭に勝手に入ってきて」
「急ぎの用がなきゃ来ちゃいけませんか?」
満枝はしゃあしゃあとそう言って、笑う。
「裏道を通りかかって、暖かそうな火が見えましたのでふらりと立ち寄っただけですわ」
「火に当たりたいのならお好きにどうぞ。私は充分当たりましたので部屋に戻ります」
「間さん! あなたは……!」
満枝が瞬間火のような目をして俺を見ていた。満枝の黒い瞳の奥に炎が、揺らめき形を持たない赤い魂が立ちあがる。俺はしばしその炎に見惚れていたが満枝の言葉に我に返った。
「一言だけ、私あなたに申し上げたいことがあるのです。宜しいですか?」
満枝の目から炎は消えていた。満枝は歩いてきて俺の背後の縁側に腰を下ろした。懐から取り出した煙草入れを縁側に置き、そこから金の煙管を取り出すと刻み煙草を詰め火をつけた。煙管を斜めに咥えたまま、横目で俺を見上げて一服ふかす。いつもの満枝の姿だった。一瞬の炎? あれは本物の火がかの女の目に映っていたのを見間違えただけだろうか。部屋へ戻る進路を塞がれた俺は仕方なく炎の前に立って「何ですか」と答えたが、我ながら間抜けな声だ、と俺は思った。縁側の端でかつりと音をたてて満枝が煙管の灰を切って喋り始める。
「間さん、あなたは私をうるさいやつだとお思いでしょう? 私、それを分かっていながらあなたのご迷惑もかまわずにやっぱりこうして付きまとっているのは、自分の口からこのようなことを申すのも可笑しいのですが、私、あなたのことは片時も忘れはいたしませんのです。
こんなものに惚れられて、あなたもさぞご迷惑でしょうけれど、私がこれほどまでに思っているということはあなたもご存知でなんでしょう。」
足元の火が勢いを弱めて炎が消えて行く。もう食らうものがないのだ。赤く光る炭だけが残る。俺は身震いをして家の方を振り返った。まるで炎が飛び移ったかのように、赤く燃える女がいた。
「火も消えました。あなたもお帰りになったほうがよろしい。暗くなります」
俺はそう言って女の横を抜けて部屋に入ろうとしたが、足に強い痛みを感じて思わず声を上げた。満枝が煙管で足を打ったのだ。続けざまに満枝は煙管を振り上げる。俺はその満枝の手首を握って動きを封じる。満枝の手は取り押さえられても強い力で俺に向かっている。これが女の力なのか?
「何をするんです、あなたは。いい加減になさい」
満枝は答えない。火のような目で俺の目を貫いている。
「早くお帰りなさい。私にはあなたを明日からここへ出入りできないようにすることもできるのですよ」
「私、死んでもここへ参ります」
満枝の炎が手首から俺を伝って袖から駆け上っていく、そんな錯覚がして俺は自分の手を離した。満枝の腕がだらりと床へ落下した。煙管が音をたてて縁側へ転がった。俺は立ち上がって、障子を開ける。
「間さん!」
満枝の疲れたような声が俺の背中を刺した。俺は振り向いて満枝を見る。登り始めの月の冷たい光を横顔に受け、妖しく燃える火のような面。
「……赤樫さんに全てを話してしまいますよ。それでもよろしいのですか」
満枝は無言で俺を睨んだが、そのまま煙管を拾い上げると、着物と髪を整えて、すくりと庭に降り立った。いつもの高利貸しの赤樫満枝に戻っていた。
「赤樫に聞こえたらどうだというのです? あれは私の夫だと思われるのでしょうが決してそうではございません。金力で無理に私を奪ってついにこんな体にしていまった、いわば私の敵も同然の男。なるほど人は夫婦とも申しましょうが、私は何とも思ってはおりません。ですから、自分の好いた方に惚れて騒ぐ分は一向に差し支えの無い独り身も同じなのです」
俺は満枝に一瞥をくれて、そのまま部屋に入る。女というものは皆同じなのだ。裏切りをいとわない生き物だ。
「間さん!」
満枝の呼びかけに振り向こうとは思わない。心も動かない。心? ああ、そんなものはもう俺にはなかったのだ。俺の心はあの六年前、宮と別れたあの浜辺で、とうに燃え尽きてなくなっているのだから、障子を閉める。ぴしゃりと大きな音が鳴って、沸き起こった風が俺の首筋を掠めて行った。
三、富山宮
わたしの病は一向によくならない。富山が金に任せて高級な医師をとっかえひっかえ連れてくる。どんな具合だと聞かれれば、正直に全てを話している。腹から重く冷え冷えとした鉛の塊が膨れていってせり上がって喉を塞ぐ。口を開けても空気は通らず無理矢理息をしようとすれば歯が音をたて、目からは涙が零れ落ちる。体の中に何かが居座ってそれが膨張して胸の内から皮膚を破るかのよう。体の外を万力のような冷たい道具が締め付けて苦しい。内からも外からも押しつぶされる。頭は引き千切られるようにぎりぎりと痛み、体は嫌な汗をかいて震えが止まらない。不安で身の置き所がなくて、魂が絞りあげられているような息苦しさ。両方の壁が迫ってきて押しつぶされるように狭い。すると、医師たちは、沈痛な顔つきで適当な病名を告げ、薬を置いて逃げて行く。だが、体の調子はよくならない。よくなるものですか! これは病なんかではない。わたしは自分で苦しさの原因を知っている。でももうどうしようもならないのだ。今更、あの人に恋焦がれても。
これが恋? これが恋の苦しさか? これが恋だというのなら、六年前のわたしは富山に恋などしてはいなかった。なぜこんな男のところへ嫁いできてしまったのか。しかも、あの恋しい、今、わたしの胸をしめつけて止まないあの恋しい貫一さんにすら、わたしはあのとき真の恋をしていなかったのだ。何て愚かで、何て何もかもが早急過ぎたのだろう。恋をしていなかった六年前、十九歳のわたしは、何て残酷で恥知らずな仕打ちを貫一さんにしてしまったことか。ああ恐ろしい。どうしよう。なんて傲慢で酷い裏切り。でも当時のわたしは、それでも、何もかもがよい方向に転ぶとしか考えられなかったのだ。富山の元へと嫁げば、母様父様も喜び、わたしも贅沢な夢のような暮らしができる。そして富山の財があれば学士を目指す貫一さんは思う存分洋行し学ぶことができ、やがて帰って来た貫一さんと宮は昔のように兄妹のように仲良くする。誰一人悲しむものなどいない。こんな胸の苦しさなんて想像もできなかった。
――なんて愚かな宮。
あと一年、せめてあと一年話が遅ければ、宮は貫一さんに真の恋をして貫一さん以外の男に嫁いだりはしなかった。宮は結婚の意味も恋の字もあのとき本当には知らなかったのだ。あのときのわたしは本当に何も知らない小娘だったのだ。今なら分かる。六年前、貫一さんと別れて以来、わたしの頭の中を占めているのは貫一さんばかりだ。みいさん、と呼ぶ貫一さんの声。夫となった富山の何を見るにつけても、いちいち貫一さんと引き比べてしまうのだ。別れてから、離れ離れになってからこんなにも愛しいなんて。でももう取り返しのつかないことだ。どうしてもっと早く、六年前に気づかなかったのだろう。どうしてこんな愚かなことをしてしまったんだろう。
しかも、これは宮の後悔だけではない。父様も母様も何も教えてくれはしないけれど、先日ばったり出会った荒尾さまから、貫一さんが今は人の道に外れた悪徳な商売をしていると聞いた。あの心持ちの優しい貫一さんがなぜそんなことをしているのだろう。それもすべて宮のせいか? ああ憎きはもちろんこの愚かな宮だけれども、富山が憎い。彼が金にものを言わせて宮の親たちを惑わしさえしなければ、こんなことにはならなかったのだ。じゃあ、憎いは金か。宮と宮の親を狂わせて、さらに貫一さんを夜叉にした金が憎い。そもそも富山はなぜ宮を好いている? 美しい、美しいというばかりではないか。わたしが普通のありきたりの娘のようだったらよかった。こんな顔など要らぬ。ああ何もかもが悔しくて口惜しい。何もかもが取り返しがつかない。
せめてこの思いを貫一さんに伝えたい。一目会えたら、一言でよいからわたしの気持ちを貫一さんに伝えたい。手紙はちゃんと届いているのだろうか。魂を削るように墨を刷り、命をすり減らすように一字一字を綴っているのだ。なぜ返事はこないのだろう。どうしても許してはもらえないか。この身の死をもって許されるのなら宮は何度でも死ぬる。貫一さんに殺されれば本望だ。でもこのままこの富山の家で弱って死んでしまうのは嫌。このまま思いつめて狂ってしまいそう。狂ったらいっそ楽だろうか? いや、そうなればこの場所にはいられなくなる。どこか遠くの山奥へ閉じ込められてこうして手紙を書くことすら出来なくなる。せめて、狂って死んでしまう前に一目、貫一さんに会って話をしたい。殺されてもいいから許しを乞いたい。一言でいい、許すと言ってくれたらわたしは死んでもいいのだ。荒尾さまに取次ぎを頼んでみたけれど、それは今の富山と過去の間と二重に不貞を働くことになるのだと怒鳴られた。分かっている。でもそれが何? この思いは止められないのだ。ああ、貫一さん、苦しい。会いたい会いたいよ。あなたに会うためなら宮は何をすることも恐れないのです。あなたに会えないこの浮世は宮にとっては生き地獄です。
四、貫一(2)
世間の人間たちの声が、言葉が、鶏の鳴き声ほどにも気にならなくなったのはいつからだろう。彼らの言葉の意味は分かる。その言葉の纏う衣服の色が悲しいのか怒っているのか嬉しいのか悔しいのか何色をしているのかは、理解できる。だが、それがどうした? 彼らの感情は俺に何の影響も及ぼさない。借金の証文を突き付られて青く震える相手を見ながら、悲嘆にくれたこの人間は今夜にも死ぬるかもしれない、などと俺は思う。だがそれだけだ。実際に死ぬ人間もいる。刑務所に送られる人間もいる。有望だった将来を壊され人生を転落していくやつもいる。たとえそれが我が身から出た借金ではなく、友人や恩師の肩代わりだったその結果だとしてもだ、俺は何も感じない。俺の懐の金が増えるか減るか、俺が感じるのはそこだけだ。やはり俺は夜叉なのだろう。俺の胸の中にあるのは冷たい泥の塊だ。そこに何を投げ入れても泥の底に沈むだけだ。泥の傀儡。言葉や感情など俺にはもう存在しない。
雇いの老婆が俺を呼んでいる。客人だという。奇妙な時間だ。約束もないはずだ。ああ! 荒尾だろうか。俺が愚行を改めないなら縁を切ると去って行った荒尾だったが、また会いに来てくれたのならこれほど嬉しいことは無い。俺のような醜悪な畜生は、荒尾のように志の高い立派な男を友に持つことはもはや許されないし、縁を切るといわれて丁度良かったくらいだが、それでも俺が荒尾に手紙を書いたのは、この立派な男が、一時は官僚を勤めていた荒尾が、はした金のような借金のせいで乞食同然に身を落としているのが、俺には見るに耐えなかったからだ。俺は援助を申し出た。今日はその返事を持ってきたのかもしれない。荒尾は乞食になるべき男ではない。その能力を国のために使うべき男なのだ。
はやる気持ちを抑えて玄関に出ると、そこに立っていたのは一人の女だった。女は顔を伏せ、立っているのがやっとというばかりに、小刻みに体を震わせていた。俺の頭の中はすうと冷めていく。高価な着物を纏ったこの女。これが、客人か。
「何の用ですか?」
と、俺は言った。女は顔を上げない。だが、俺にはこの女が誰だか分かっていた。俺の体は静かに熱を失い、冴え冴えと澄み渡って冬の早朝のような静かな気分になっていく。不思議と感情の高ぶりはない。むしろ冷静になっていくばかりだ。女は六年前、俺を裏切った宮だった。六年前のあの日、あの時、俺は鉄鉱も溶けるような熱さで心から宮を憎み恨んだのだ。その宮との再会。高価な婦人然とした着物に身を包み、俯き、俺の前に現れたこの女を前にしても、俺の頭は驚くほど冷えて体の中はいつもどうり泥の沈黙が居座っているだけだった。何の感情も起らない。そのことに俺は自身で驚いていた。宮ですらもはや俺の感情を動かさない。
「用がないなら帰ってください。私は忙しいのです」
「貫一さん」
女は顔を上げた。青白くやつれている様子が若く美しい顔に影を落とし、艶かしい。見間違うことはない、宮の顔だった。
「話を、わたしの話を聞いてください。お願いします」
宮の声はか細い。必死に喉から搾り出そうとすればするほど、空気が混じり声は拡散する。まるで呼吸の足りない鯉のようだった。
「私にはあなたと話したいことなどありません。お引き取り下さい」
「手紙を、わたしの手紙を」
「手紙は読んでいない。全て焼いた」
宮の目が大きく見開かれる。黒い瞳。瞳の中に深く濃い光が見える。このようなものは六年前の宮には見られなかったが、と俺はちらりと思う。
「すみませんが失礼いたします」
「貫一さん! せめて少しでもわたしの話を聞いてください」
俺の耳の中に波の音がよみがえる。寄せては返す波が、月の光を弄びながらまるで無邪気に戯れている、浜辺。浜辺で言い争う六年前の二人。
「六年前のあの日のことを覚えているか」
と、俺は誰に問うともなく呟いていた。
「……忘れたか」
「覚えています。忘れません」
「じゃあ、あのときの貫一の気持ちを今お前がここで味わうのだ」
俺は宮に背を向けて部屋へ引っ込んだ。宮の声が背中から追いかけるが、俺の泥の中に沈んでいくばかり。泥はいくらでも言葉を飲み込んで、ただ澱んでいる。俺は何も感じない、あの憎き宮の前ですら。
書斎に手紙が置かれていた。雇い人が置いておいたのだろう。また例のか、と思い放り投げようとして、紙がいつもと違うことにふと気がついた。手紙は宮からではない。荒尾からだった。俺は急いで封を切る。便箋には走り書きの固い男文字でこうあった。
『俺の境遇を憐れ国のため為らずと思うのなら、貴様の商売を今すぐ止めろ。それで何人もの同じ境遇の有望な若者が助かることか。』
俺は、手紙を元の通りに畳んで机に置く。部屋の明かりを消した。日はもう落ちて家具の形が見えないほどに部屋は暗い。それよりももっと暗いのは俺の中だった。俺は暗闇の中を歩こうとしたが、じゃらりという鎖の音が聞こえた気がしてその場に立ちすくんだ。足を踏み出す。じゃらり、と確かに俺の耳に鎖の音が聞こえている。俺は耳を塞ぐ。手にも枷がついていて、腕をつたって耳に金属の触れ合う音が響いてくる。
ああ! 俺は何のために金の夜叉になったか。金色夜叉に落ちてしまったのは何のためか。金に眼がくらんだ宮と宮をさらった富山に復讐するつもりだったのか。世間に復讐するつもりだったのか。じゃあその宮を目の前にして、すうっとした気持ち一つしないのはなぜだ。憐れな気持ちなど何一つ沸かない代わりに憎しみや恨みを晴らす快感をかけらも感じない。この貫一には感情が無いのだ。俺は金に狂って夜叉になったか。いや、そうではない。俺は、この俺は、夜叉になりたかったのだ。死ぬこともできない、かといって生きることもできない。そんな死に損ない、生き損ないは夜叉となるしかなかったのだ。俺は、夜叉になるために金の魔力を借りたのだ。金のために夜叉になったのではない。夜叉になるために金の亡者になったのだ。
そして、俺はあの不貞の宮を前にしてすら何も感じなくなってしまった。そして俺は荒尾のような立派で道徳な男の生き血をすすらないと生きていけなくなってしまった。俺は何のために生きているのだ。……生きている? 俺はとうに生きてはいないのかもしれない。闇に乗り移られ手足を動かされている傀儡だ。俺を切ってもきっと赤い血は出ない。何をどこで間違ったのか、どうすればよかったのか。
俺は、頭を振って腹の奥の沼の底から息を吐き出した、苦い瘴気。ふと足元を見ると、鎖が足に巻きついたまま一心に俺を見上げていた。俺はその鎖に笑いかけてやる。心配するな、改心などはしない。もう全てが遅過ぎるのだ。
五、満枝(2)
今日の仕事はまずまずだった。あの荒尾とかいう男がつかまらなかったけれど、まあ狭い町の中だ。すぐに足がつくだろう。日が暮れてきたので足を速める。昼間の往来を歩くのも好きではないが、日が暮れてからの方がもっとたちが悪い。恨みをたくさん受けているこの体だ。どこで襲われてもおかしくない。あの間貫一もかつて暴漢に襲われ入院するはめになった。さらに貫一の主人であった鰐淵夫妻も“客”の恨みの炎によって焼かれたという。そのうち、私の身にも何か起こるだろう。私は懐の小刀を握り締める。そっと鞘を抜くと、眠っていた獣が目を開くように白い刀身がぎらりと光った。私はその銀色の光に満足して、刀を再び鞘に戻した。
この刀は先日赤樫が私に買ってくれたものだった。赤樫が私に物を買ってくれることなど滅多に無い。珍しい出来事だった。あの赤樫ですら、間と鰐淵の事件は気になったのだろう。護身用だ、といって私にこの刀を手渡してくれた。かなり上等な切れ物だ。この刃に触れればぷつりと穴が開き、どんな皮膚でも用意に割れて赤い血を流すことだろう。
「その刀で俺の寝首をかくなよ」
そう言って赤樫は黄ばんだ歯を見せて笑った。歯の間から白いあぶくが見えた。
「さあ、どうかしら。あなたは父の敵ですから」
と、私が言うと、赤樫は笑わなかった。私に寝首をかかれることを本気で心配しているのか、いやその逆だ。あの男は、むしろそれを望んでいた。意識してか無意識か、あの目は私にこの刀で殺されていることを望んでいるのだ。
――誰が殺してやるものか。この手で楽にしてたまるものか。
知らず知らずのうちに手に力が入っていた。私は刀からそっと手を離して、立ち話に興じている人の前を平静な顔で歩き過ぎる。
「ほら、美人クリイム」
囁く声が聞こえる。噂。誹謗。中傷。なんとでも言えばいい。もう聞かなくたって内容も中身もすべて私は知っている。借金のかたに赤樫の情婦になった。高利貸しに身を落として実の父を見殺しにした。非情な手段で金を巻き上げる。笑顔の裏には必ず計算があってどんなに警戒している男でも必ず落として餌食にしてしまう。
好きに言えばいい。人の噂など私の体を一寸だって傷つけない。遠巻きに私を見てやいやい言う彼らだって、今日明日には"客"になっているかもしれないのだから、いい宣伝だ。暴漢は怖いが、噂などは怖くない。何も感じない。あの日、父を捨てて高利貸しになったあの日以来、私は何も感じなくなってしまった。父の死んだ日も涙一つ出なかった。私の心を動かすのは金だけだ。懐の金が増えるか減るか、それだけが私の心を動かすのだ。金の鬼。金色夜叉だ。金のために夜叉に身を落とした? いや違う。夜叉にならねば生きていけなかったのだ。金の魔力を借りて夜叉になった。お陰さまで今は平静だ。何が起っても私の心は動かない。後悔などない。後悔する心も無いのだから。
「今、間のところに出入りしているのはどんな策略があってのことか。さすがの美人クリイムも間には手を焼いていると見える」
私はふと足を緩める。今、間と言ったか。私がここ最近あの男の元へ出入りしているのがさっそく噂になっているのだ。もともと隠すつもりはないのだから噂になるのは別にいい。だが、策略? ああ、おかしい。策略などあるものか。世間はそんなふうに私を見ているのか、随分買ってくれたものだ。策略などない。仕事のためでもない。むしろ私は、あの人が望むのならどんな証文も仕事も金も全部投げ捨てていいのだ。文無しになってあの家の飯炊き女にでも雇われたら私は幸福なのだ。心がないと言ったが、貫一に関してだけはなぜか例外だ。自分でも自分が分からない。一体なぜこんなに貫一に惹かれるのか分からない。
ああ、気がつくとここは間貫一の家の前だった。私の足は毎日毎日阿呆みたいに貫一の元へ向かうのだ。今日もきっと冷たくあしらわれるだろう。その様子を想像するだけで足がすくんで体ががくがく震えてくる。でも顔を見に行かずにはおれないのだ。さあ、いつもどおりの平常な顔で笑顔を浮かべて、今日の用事は何にしよう。
そのとき、間貫一の家から一人の女が力なく歩み出てきた。私はその女に目を奪われる。着物、あの高価な生地、仕立て、着こなし。あれは夫のある女の身なりだ。夫がある良家の女だ。そんな女が一人であの人のところへ? 高利貸しの貫一の家へ? 伴も連れず、まるで人目を忍ぶかのように。こんな夕暮れに。
――そういうことだったのだ。
私に目もくれないのは、貫一が夜叉だからじゃない。あんな年若い美婦人を隠れて囲っているせいだったのだ。ああ、私よりずっと綺麗!いやだ、ひどい。私は一体なんだ? なんて滑稽な道化なんだろう。通行人が振り返る。美人クリイムが、赤樫満枝が泣いていると驚いている。泣いている? この私が? 泣くものか。私は夜叉なのだ。夜叉に涙などないのだから。ああそうだ、今から貫一のところに行って、今の美人は誰、なんて聞いてやろう。人目を忍んでの恋かしら? このことを世間にばらしたら困るでしょうなんて脅すのもいいかもしれない。でも笑えない。顔の筋肉が言うことを聞かない。胸が痛い。足が震えて動けない。何も考えられない。このままじゃ赤樫の家にも帰れない。
日が暮れる。でも私は動けない。震えが止まらないのだ。暴漢でも何でもいい、どうか私を、今この世から消してくれ!
六、宮(2)
わたしは荒尾さまがおっしゃるとおり、身勝手で自分のことしか考えていない女なのだろう。でもそれがどうした? もう言うことを聞かないのだ。手も足も。心も体も。この体はわたしのものではなくなってしまった。わたしの理性やわたしの命令が届かない別の何かになってしまった。体の内側で大きくて恐ろしいものが生まれて暴れ始める。もう何も恐くない。ただ自分が恐ろしい。
七、三夜叉
貫一は夕方の風の中でまどろんでいたが、女が言い争う声に目が覚めた。
この屋敷には俺と手伝いの老婆しかいないはずだ、と思う間もなく二人の女が貫一の部屋に転がり込んできた。一人は満枝で一人は宮だった。その組み合わせに貫一の体の中に冷たい電流が走る。満枝は宮を畳の上に突き倒すと宮の手を後ろ手にねじり上げる。そして炎のような目で貫一に笑いかけるのだった。
「間さん、この人でしょう? あなたの大事な恋人というのは」
と、満枝が言えば、満枝に押さえられて苦しい息で、
「貫一さん、この人あなたの奥さんですか?」
と、宮が言う。
「私が奥さんだったらどうだというのです?」
満枝が再び宮を突き飛ばし、畳に組み伏せた。
「私、この女から全てを聞きました。間さん、あなたはなぜこのような淫乱で不貞な女を成敗せずぐずぐず生かしておくのです? あなたも男ならこの人非人を潔く成敗遊ばし。そうすれば私ももうあなたにうるさくつきまといはしません。私、丁度、良い切れ物を持っていますの。さあこれをお貸しします。一思いにこの女を殺しなさい」
満枝が懐から小刀を出し、ぎらりと鞘を抜いた。貫一はその銀色の妖しいきらめきに目を奪われたまま、足がすくんで動けない。
「それともあなたがやらないのなら私が代わりにやってさしあげましょうか」
激しい熱風がごうっと吹いた。貫一は口を開くが喉を焼かれて声が出ない。
「貫一さん!」
瞬間、宮が渾身の力を振り絞って満枝の手から刀を奪う。
「貫一さん、早く、この刀を取って宮を殺してください。あなたの手にかけて殺してください。わたしはあなたの手にかかって死ぬなら本望です。あなたの手にかかって死にたいのです。さあ後生だから一思いに殺してください!」
振り絞るように発せられた宮の声は、まるで固い地面に穴を空ける樹木の根のように、貫一の体を貫き貫一の体を締め上げる。貫一は声にならない悲鳴をあげた。何だこれは。この地獄図は。狂っている!
満枝が再び宮を取り押さえた。畳に転がった刀を取り上げて、宮を貫こうと振りかざす。わずかにずれて鮮血が飛び散った。
「貫一さん、あなたはわたしを見殺しになさるのですか? わたしは命は惜しくないが、この女に殺されるのは悔しい」
髪を振り乱しながら叫ぶ宮が満枝と組み合う。満枝も血走った目で宮を殺そうと襲いかかる。これが宮か? これが満枝か? これが女か? 俺は一体どうすればいいんだ。
悲鳴が部屋を引き裂いた。ああ、俺は、一体なんということを引き起こしてしまったのだ。貫一はがくがくと震えながら目の前の光景を見ている。満枝が脇腹を刺され倒れていた。赤い血の海。地獄だ。なんということだ。もう死んでいる。
「貫一さん、さあ、この刀でわたしを殺してください。わたしのこの穢れた身はもう取り返しがつきません。でも、せめてあなたの前で死んで償いたい。ねえ、生きているうちはどんなに憎くお思いでしょうけれど、死んでしまえばそれっきり。罪も体も残らず消えて土になってしまうのです。わたしはこうしてこの罪を後悔してあなたの前で命を絶つのです。せめて一言、あの世への土産に許すと、堪忍すると言ってくださいまし」
血塗れた短剣を持って宮が近づく。もういい、もういいから。貫一は懇願するが、声が出ない。宮はその冷たい手で貫一に刀を握らせた。もういい、死ぬな、宮。貫一が声を上げたそのとき、宮は貫一の膝にがばりと倒れ込んだ。貫一の手に大量の温かい液体が伝わり続けている。
「宮!」
貫一は宮を助け起こすが腹の傷は深く宮の顔も血の気が引いてもう宮は死ぬのだった。なぜ死ぬ? お前も満枝も。一体何が彼らをそうさせるのだ?
「許した、許したぞ、宮。堪忍した」
貫一は声を振り絞って宮に呼びかけた。宮の目がかすかに開く。
「ああ、嬉しい。貫一さん、わたしは嬉しい」
絶え絶えの息の中からそれだけ言って宮は死んだ。死にながらも宮の顔は微笑んでいた。貫一は宮の屍を抱える。ふわりと軽く、まるで花のようだ。と思うと、貫一の手の中で宮は一輪の百合の花に変わっていた。
貫一は驚いて目が覚めた。
目覚めれば全ては暁の夢であった。
貫一の目からは、清水が滾々と湧き続け流れていた。――六年ぶりの涙だった。
(夢は心の鏡だと云う。きっと満枝と宮の強い思いが貫一にこんな夢を見させたのだ。つまり、わたしが言いたいことを要約するとこう、恋は夜叉を人に変える。)
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- 寒竹泉美
- 100年前の小説すごかった。100年後の小説は一体どうなってるんだろう? 読んでみたい。
- URL:作家のたまご
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