本文目次など
one hundred years

たいせつなもの

高城 令羽

 なぜか突然、まーくんのことを思い出した。まーくんはぼくのクラスメイトで、いつもベーゴマで遊んでいた友達だった。
 でも、この間どこかに引っ越してしまったので、それからベーゴマをして遊ぶ友達はいなくなってしまった。何回やっても勝てないぼくは、「ボクに勝とうなんて百年早いよ」とまーくんにいつも言われていた。
 だけど、いまならまーくんに勝てそうな気がする。その決めゼリフだってもう言わせない。
 そう思ったらぼくはもう居ても立ってもいられなくなってしまった。
「まーくんに会いに行こう!」
 決心したぼくだったが、肝心のベーゴマがどこにあるのかわからない。
 そこで、ぼくは台所にいたおかあさんに声をかけた。
「おかあさん、ベーゴマどこにあるか知らない?」
 おかあさんは一瞬眉をひそめたように見えたが、すぐに笑顔になると水道の蛇口を止めてぼくを見た。
「わたしは知らないけど……。もしかしたらあの缶に入ってるかもよ?」
「缶って?」
「ほら、たいせつなものをしまってある缶があったでしょう」
 そう言われてもぼくにはその缶の存在がまったく思い出せない。
「いいわ。ちょっと待ってて」
 そう言っておかあさんは台所を出て行ったが、しばらくすると、海苔か何かの古い缶を手にして戻ってきた。
「この中にないかしら?」
 そう言って差し出された缶のふたには、「たいせつなもの」と書かれた紙が貼ってあった。
 そういえばこんな缶があったような気がするんだけど、やっぱり駄目だ、思い出せない。
 ともかく、ぼくは缶の中身を確かめることにした。
 ふたを開けてびっくりしたのだが、その中に入っているもののほとんどにぼくは覚えがなかった。中には、「これがぼくのたいせつなもの!?」と疑問に感じるものも入っていたが、缶の底を探るとお目当てのベーゴマが出てきたので、間違いなくこれはぼくの宝物入れなのだろう。
「おかあさん、あったよ! ありがとう」
 ぼくはおかあさんにベーゴマをかかげて見せた。おかあさんは、それに対して「そう、良かったわね」と微笑んだが、なんだか元気がなさそうに見えた。
 そのおかあさんの様子が気にはなったが、ベーゴマを手にしたぼくを止めることはできなかった。
 ぼくは、まーくんに会いに行くために家を出た。

 元気良く家を出てきたぼくだったが、恥ずかしい話まーくんがいまどこに住んでいるのかをまったく知らなかった。思い立ったら後先考えずに行動してしまういつもの悪いくせが出てしまったみたいだ。
 とりあえず、まーくんの住んでいた家に行けば何かわかるんじゃないかと軽く考えて、ぼくはそっちに向かった。
 実際に来てみて驚いたのは、まーくんの家の周りの景色がすっかり変わってしまったことだった。肝心のまーくんが住んでいた家もぼくの記憶と違うような気がする。
 こんな立派なお家だったっけ?
 ぼくは、最後にここに来たのがいつだっかかを思い出そうとしたが、それを思い出すよりも早く、記憶に残っているタバコ屋さんが目に入ったのでぼくの足は自然とそっちに向かってしまった。
 タバコ屋さんの店先では、ひとりのおばあさんが店番をしていた。ぼくの知っているおばあさんはもう少し若かったような気がするが、もしかしたら不幸なんかが続いて一気に老け込んでしまったのかもしれない。
「こんにちはー!」
 ぼくは学校や家で教えられている通り、おばあさんに大きな声で挨拶した。
「いらっしゃいませ」
 おばあさんの声はぼくの挨拶とは反対であまり元気がない。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「……」
 ぼくがそう聞いてもおばあさんは無反応。それに対してぼくが不満だという顔をすると、それを目にしてようやく口を開いた。
「いま何か言ったかね?」
 どうやら耳が悪いらしい。ぼくはさっきよりも大声でおばあさんに話しかける。
「おしえてほしいことがあるんですけど!」
「ああ、客じゃないんか……。別に構わんよ、この通りひまだからね」
「ありがとうございます!」
 ぼくは、通りを挟んで向かいにある一軒家を指さして、
「前ここに住んでたまーくん、どこに引っ越したか知りませんかー!?」
「ぬ、誰だって?」
「まーくん!」
「わたしにまーくんなんて息子はおらんぞ?」
「いや、おばあさんの息子じゃなくて」
「なんだ、娘かい……娘でもおらんぞ。その前にあんた、おなごに向かって『くん』はいかん」
 ……ダメだ、このおばあさんボケてる。
 ぼくは、おばあさんに話を聞くのを早々にあきらめた。そして、あらためて周りを見る。いくつかのお店が立ち並ぶ感じは記憶に残っているものと同じだが、それぞれの店にまるで覚えがなかった。それでも、駄目もとで聞いてみようか。
 「マイルドセブンなら置いてあるってばさー!」と叫ぶおばあさんを後にして、ぼくは他の店でまーくんについて聞いてみることにした。

「まーくんがどこに行ったか知りませんか?」
―誰だい、まーくんって? シセツの仲間かい?
―雑種の薄汚いのならさっきあっちに歩いて行ったけど?
―まっさんだったら、女作ってカミさんに追い出されたみたいだけどな。

 どうやらまーくんの消息がつかめない原因はぼくにあったらしい。ぼくはまーくんの本名を覚えていなかったのだ。
 ただ、もう少しみんな親切にしてくれてもいいのにな、とぼくは思う。ある店のおじさんなんか、まーくんを探している理由について、「ベーゴマをもう一度やりたいから」だと話したら、他のお客さんにも聞こえるくらいの大声で笑って馬鹿にしたのだ。そもそも、こういう商店街というのは人情味溢れる暖かさが大切なんじゃないのかな。それが失われちゃったら大きなスーパーやデパートに勝てないってことがわからないんだろうか。
 いくらグチを言ってもまーくんが見つかるわけではない。ぼくはそう思いなおし、これからどうすれば良いかを考える。
 まーくんの行き先を知ってそうなひと、誰かいないかな……。
 ランドセルを背負った女の子が目の前を通り過ぎるのを見た瞬間、ぼくは自分の頭の悪さに頭にきて、その頭をボコボコと叩きたくなってしまった。
「そうだよ、あんざい先生に聞けばわかるじゃないか!」
 ぼくは担任のあんざい先生に会いにいくために学校へ向かった。

 学校についたときには校門がもう閉まっていた。
 そういえば、ここに来る途中に『夕焼け小焼け』が鳴っていた気がする。あんざい先生はまだ職員室に残っていると思うが、そこに行っていいものかと考える。
 きびしい先生だから、下校時間を過ぎても帰っていないぼくを叱るかもしれない。
 どうしよう……。
 ぼくが悩んでいたその時、ひとりの女の子がそばを通りかかった。ぼくは思いきって声をかけてみることにした。
「きみ、ここの学校の生徒だよね?」
 女の子は、まさか声をかけられるとは思っていなかったみたいで、大きな目を見開いてぼくを見た。
「そうだけど……なんですか?」
「あんざい先生、まだ学校に残ってるかなぁ?」
 女の子は、少し考えた後に首をかしげて、
「うちの学校に、あんざいなんて先生いないよ」
「なに言ってるんだよー。いるでしょ、あんざい先生」
「わたし知らない」
 女の子はなぜか怯えたような顔をして、ぼくから離れて行こうとする。
「ねえ、ちょっと待ってよー」
「ごめんなさい。知らないひととお話しちゃいけないって、ママに言われてるから」
 女の子は、そう言い残すと走って行ってしまった。
 ぼくは、女の子に冷たくされたことがショックでしばらくそのまま動けなかった。優しそうな子だったのに……。
「どうしたの?」
 そんな傷心のぼくのすぐ横に、いつの間にか男の子が立っていた。ぼくと同い年くらいの感じだが、ぼくにはその子を見た覚えがなかった。
 ぼくが声の方に振り返ると、男の子はぼくの顔を見て、なぜかびっくりしたような顔をした。
「あんざい先生に用があって来たんだけど、下校時間過ぎてるからどうしようか迷ってたんだ」
「あんざい先生って……」
 男の子もそこで困ったような顔になってしまった。ぼくは心配になって「あんざい先生、この学校にいるよね?」と聞くと、
「う、うん、いるよ。そっかぁ」
 と、言って少し考え込んでしまった。
「今日はもうやめた方がいいと思う?」
「うーん……そうだね。また今度にした方がいいかもね」
「そっかぁ……」
 ぼくのがっかりした顔を見て、その男の子も悲しそうな顔になった。ぼくはそれを見て、この子とならいい友達になれるかもしれないと勝手に思った。それになんだかこの子の顔を見ているととても温かい気持ちになってくる。もし、まーくんが見つからなくてもこの子と友達になれたらいいな。
「先生になに話そうとしてたの?」
 ぼくの気持ちが通じたのか、男の子はぼくに近づいてくると、ぼくの顔をまっすぐに見た。
「まーくんっていうぼくの友達がこの間引っ越しちゃったんだけど、どこに行ったのか先生に聞きたかったんだ」
「転校しちゃったの?」
「うん、そう」
「そっかぁ、それはさびしいね。先生に引っ越し先聞いて会いに行くつもりだったの?」
「うん」
「でも、すごく遠いところに行っちゃったのかもしれないよ。それでも?」
「ぼくね、まーくんにベーゴマで一回も勝てなかったから、どうしてももう一回会って勝負したいんだ。だってまーくん、ボクに勝とうなんて百年早いとか言うんだよ? 悔しいじゃん」
「そうなんだぁ」
 男の子はそこでまた更に困った顔。それを見て思わずぼくは、
「キミって、いい奴だね」
 と言ってしまった。言われた男の子はさぞかし照れくさいだろうとぼくは思ったのだが、意外にも男の子は、「そんなことないよ」と少し怒ったように言っただけだった。
 ぼくは友達になる前に嫌われるのが怖かったので、何か言わなきゃと言葉を探すのだが、考えれば考えるほど頭の中は白くなってしまった。
 そして結局、男の子も黙ってしまったので、ここはお礼を言って帰るのが一番だと考えた。
「また明日先生に会いにくることにするよ。どうもありがとう」
 帰ろうとするぼくを見て、男の子がハッとしたように顔を上げた。
「ちょっと待って!」
「えっ、なになに?」
 ぼくは、男の子の引き止めに胸を躍らせた。
「えっと……。こうしない? 先生にはぼくからまーくんのこと聞いておいてあげるからさ、まーくん見つかるまではぼくとベーゴマだっけ? それして遊ぼうよ」
「それって……友達になろうってこと?」
「え?……ああ、うん、そうそう。友達になろう!」
「やったぁ!」
 まーくんには本当に悪いんだけど、この時点でぼくの心の中は、まーくんを探すことよりも、新しい友達と遊ぶ期待感でいっぱいになってしまった。
 だってさ。
「キミ、もしかしてベーゴマ知らないの?」
「うん、やったことないよ。だから教えてね」
 初めてベーゴマで勝てそうなんだもん。
 まーくんには、弟子を連れてまたいつか会いに行くことにしよう。
「そうと決まれば早く帰ろう!」
 男の子は元気にそう言うと、ぼくを促すように歩き出した。
 ぼくは男の子の背中を見ながら、さっき名前を聞いたかどうかを思い出そうとしていた。
 たしか、まだ聞いてなかったよな。
 今度は失敗しないように、ちゃんとフルネームで聞かなきゃ。
 ぼくはそう思いながら、男の子の後をついて行った。

「ただいまー!」
 新しい友だちを連れて帰ったことが嬉しくて、ぼくはの声は自然といつもより弾んでいた。
「もーう、こんなに遅くまでどこに行ってた―」
 文句を言いながら玄関先に出てきたおかあさんだったが、ぼくと男の子を見るなり、まるで信じられないものでも見たような表情ですべての動作がピタリと止まってしまった。口はポカンと開いたままだ。
「あ、この子、ぼくの新しい友だち。さっき学校の前で仲良くなったんだぁ。ね?」
「う、うん。こんにちは」
 男の子は、おかあさんの顔色をうかがうように体を縮こませて挨拶した。そんなに怖がることないのに。ぼくのおかあさんはとっても優しいんだから。もしかしたら大人が苦手なのかもしれない。
「えっと、名前はね……そうだ、まだ聞いてなかったんだ」
 ぼくがそう言って笑うと、ひきつってはいたけど男の子からも笑顔が出た。
「ベーゴマして遊ぶって約束したんだ。いいでしょ、おかあさん?」
「あ、うん、もちろんいいわよ。……でも、今日はもう遅いからまた明日にしなさい」
「ええーっ!」
「ちょっとわたしはその子と話をするから、おと……おとなしく部屋で待ってて」
「ぼくの友だちとおかあさんが話するの? なんで? そんなの変だよー」
「外がもう暗くなってきたから、少しお話しておうちの人に連絡するのよ」
「あ、そうか」
 なるほど。さすがはおかあさん、細かい心配りだ。
 ぼくは、自分だけが仲間外れにされるようであまり面白くなかったが、少し疲れもあったのでおかあさんの言いつけ通り自分の部屋に行くことにした。
「じゃあ、また今度遊ぼうね。約束だよ?」
 別れ際、ぼくが男の子にそう言うと、
「うんっ! 約束ね」
 と男の子は、やっと満面の笑みを見せてくれた。
 それからしばらく部屋でうとうとしてしまったので、男の子がいつ帰ったのかがぼくにはわからなかった。ぼくが起きたときにはもうすっかり夕食の用意ができていた。
 ご飯を食べながらぼくが今日の出来事をおかあさんに話していると、やがておかあさんは一通の手紙をぼくに手渡してきた。
 ぼくはご飯を急いで食べ終えると、さっそくその手紙を読んでみた。

 こんにちは。
 君がまーくんの引っ越し先を探していると、君の友達から聞きました。
 早速、私の方で調べましたが、まーくんはすでに肺ガンで亡くなっていました。
 だから、もう君がまーくんに会うことはできません。
 これは君にとってとても悲しいお知らせですが、これからは新しい友だちを大切にしてください。

あんざいより

 手紙はあんざい先生からだった。大きな字で便せんいっぱいに書いてある。
 あの男の子はもう先生に話してくれたんだ。だからこうしてすぐに手紙が来た。
 ぼくは男の子の友情に感動してしまい、少し格好悪いけど大声で泣いてしまった。まーくんが死んでしまったことが悲しいというのも、もちろんあったと思う。
 この手紙は、あの男の子とあんざい先生の気持ちがいっぱいつまっている大切な手紙だ。忘れないようにちゃんとしまっておかなくっちゃ。
 ぼくは自分の部屋に戻ると、「たいせつなもの」と書いた紙の貼ってある缶のふたを開けた。そして、持っていた手紙をそこにしまおうとしたとき、一枚の紙が缶から床に落ちたのが目に入った。
 拾ってみると、それは一枚の写真だった。遠足の集合写真みたいに、たくさんの人が写っている。おじいさんから赤ちゃんまでいろんな年代の人がいたが、無理にそれだけの人数を写そうとしたためか、顔がちゃんと映っていなかったり良く判別できない人もいた。どれも見覚えのある顔ではなかったが、みんなのまぶしい笑顔を見ていると心が温かくなってくる。
 と、そんなほのぼのとした思いで見ていたぼくの目が、あるおじいさんの横に立っている男の子に釘づけになってしまった。
 それは、今日出会ったばかりのあの男の子だった。
 他の人と同じく楽しそうな笑顔で、カメラに向かってピースをしている。
「なんで、あの子の写真がここにあるの?」
 ぼくは、周りに誰もいないのに思わず疑問を声に出してしまった。
 しばらくぼんやりと男の子の笑顔を見ていたが、やがてあることに気づいた。
 きっと、これはあの男の子がおかあさんに渡したに違いない。友だちになったしるしとして、いつも持ち歩いている宝物をぼくにくれたんだ。そして、それをぼくが寝ている間におかあさんがこっそり缶に入れたのだろう。
 ぼくの目から、また涙がこぼれ落ちた。
 そんなたいせつなものを絶対に失くしちゃいけない。
 ぼくは、男の子に心の中で「ありがとう」を言い、写真を缶に入れると、しっかりとふたをしたのだった。[fin]

高城令羽
WRITER 高城令羽
「せかちゅー」のDVDを予約しましたが、お金がなくて取りに行ってません。いつ店から電話がくるかと毎日ビクビクしています。
URL:RYO-SIDE

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